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【闇堕ち直前】主人公の色なし観察日誌2  作者: 荒屋朔市


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7/12

気を抜けばフライング

むしろ、わざとか?


 微かな地響きと共に目を覚ました。それは地底世界で一日に三度、周期的に起こる大きな地響きの一つだ。


 隣で眠っているの妹の寝顔を見て、静かに身を起こす。エシュは既に目を覚ましており、部屋の隅から僕に視線を返した。


 エシュが眠りにつく姿を僕は一度も見たことがない。この不眠は「神の依代」としての特異体質なのか、絶え間なく聞こえる思考に阻害されている影響か、それは分からない。本人が不便を感じていないなら問題ないのだろう。


 そんなことを考えていた時、部屋の戸がノックされた。



 僕たちは給仕の案内で、食堂に通された。レナは既に所定の椅子で朝のキノコ茶を飲んでいる。僕と妹が昨夜と同じ席に着くと、彼女は一冊の手帳を開いた。


「ここで生活してもらうにあたって、三つのルールを説明するわね」


 穏やかな声で語りかけているが、勘の良い妹は緊張で固い表情をしていた。


「第一に、衣食住と安全は私が責任を持って保証します。必要なものがあれば、給仕に申し出ること。可能な限り用意させるわ」

「ありがとうございます。先生」


 僕が応えると、彼女は満足げに手帳のページをめくった。


「第二、ロエルは日誌を書いて、毎晩提出すること。ここか私の書斎で直接手渡すとうに。書き直したい部分があれば応相談ね」

「ええ、承知しています」


 湯気の立つキノコ茶のカップを両手で包み込み、指先を温める。


「そして、第三。これが一番重要よ」


 レナは僕を真っ直ぐに見据えた。


「これから十日間、具体的には日誌を議会に提出して正式に認められるまで、屋敷外へ出ることは一切禁止します」


 予想していたことだから驚きはない。


「外部との接触、手紙や伝言も禁止。不便を強いることにはなるけれど、情報漏洩を防ぎ、安全を守るためよ」


 理屈は通っているし、連絡を取りたい相手が外にいないため、制限されても影響がない。

 エシュは「古泉」に戻りたいだろうか? 向かいの席に視線を投げると、パンをちぎって匂いを嗅いでいたエシュが、その手を止めて僕を見た。


「質問があれば受け付けます。でも、スープが冷める前に食事を済ませましょう」


 待てなかった奴がいることを知ってか知らずか、手帳を脇に置いて締めくくるなり、彼女はスプーンを手に取った。


 僕は妹がスープを掬う様子を確かめてから、キノコパンに手を伸ばし、その端をちぎった。しっとりした香りが広がる。パサパサに乾燥してもいなければ、カビてもいない。温め直しの失敗で焦げてもいない完璧な状態だ。

 まさかとは思うが、屋敷のどこかに焼き窯があるのだろうか。


「先生、この場所を知っている外部の人はいますか?」


 僕は質問を投げかけた。まだ屋敷内全体を見て回ってもいないし、敷地外を囲む地形も知らない。

 レナは少し思案して、小さく息を吐いた。


「そうね。保証するなんて言われても安心できないわよね。予め避難経路を把握しておきたいと思うのは当然だわ。朝食の後、給仕に案内させるわね。あと採寸も……」


 安全性を疑われていると知っても、彼女は嫌な顔もせずに理解を示した上、視線で給仕に合図を送った。


「ありがとうございます」


 言ってみるものだなと思いながら隣の妹と目配せをする。頬をいっぱいに膨らませた妹が、少しだけ足をブラブラと揺らした。屋敷内を探検できると聞いて、嬉しいのかも知れない。

 親が相手では、提案する度に反論を聞かされるばかりだった。僕は苦い思い出を干し肉と一緒に噛みしめた。



 食事の後片付けを始めた給仕たちを余所に、一人の給仕が僕と妹の前に進み出る。先ほど、レナの合図に了承を返していた給仕だ。


 彼女の案内で僕は妹の手を握り、食堂を出た。その後をエシュがついて来る。屋敷内を移動しながら、厨房と食料備蓄庫、中庭、書庫などを彼女は分かりやすく説明してくれた。

 屋敷は地下深くの岩盤に囲まれ、複数の緊急脱出経路が存在すること。僕たちの部屋が強固な場所に位置していることも教えてくれた。


 今夜の日誌提出時にでも、それらしい理由をつけて書庫の利用許可を求める価値がありそうだ。



 部屋に戻ると、すぐ文机に向かった。

 妹は自分の部屋には戻らず、僕のベッドに座り、屋敷内を見て回った際に厨房で受け取った乾物を食べている。この乾物は、レナが条件として提示した「一日二食に、お茶とお菓子、昼寝付き」の「お菓子」に当たる。昨日の昼頃、部屋に運ばれて来たのは、粉末キノコのビスケットだった。


 キノコ茶の湯気を眺めながら僕は頬杖をつき、長い溜め息を吐く。妹が寝台から滑り降りる足音が背後から聞こえた。


 駆け寄ってきて、僕が座る椅子の横で小さく踞った。そこ以外には安心できる場所がないみたいに。エシュの視線から隠れたいのだろうか。


 僕はペンを持っていない方の手で、妹の頭を撫でた。柔らかい髪の感触が伝わってくる。しかし、脳内で文章を構築しつつ文字を書き記し、撫で続けるというのは地味に難儀だ。そんなことを思っていると、妹が僕の手に指を絡ませた。

 それで妹の気持ちが落ち着くなら、片手を貸すくらいは何でもない。問題は頭上の気配だ。


 エシュは文机の脇に立ち、様子を見守ることにしたらしい。僕の手元を覗き込む視線は、ペン先とインクの軌跡を追っている。文字には無関心だったはずだが、いったい何に興味を抱いたのだろうか。


 毎日のお菓子も、紙やインクなどの消耗品も、階層が違えば子供の手には届かない贅沢品。触れることだけは遠慮して貰いたいものだ。


 そう思った矢先に、大きな手が伸びてきた。書いたばかりの文字へ指先が触れる直前、その手首を掴んで阻止する。


「待て、触るな。まだ乾いていない」


 見上げると、ふて腐れたような半眼を反らし、エシュはベッドを占領しに向かった。

 この生活は始まったばかりだ。


 

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