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【闇堕ち直前】主人公の色なし観察日誌2  作者: 荒屋朔市


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笑ってはいけない食卓

不意を突く一撃。


 食堂は僕の知る居間よりも広かった。長机の上には、既に食器が並べられている。湯気を立てるキノコスープ、柔らかそうなパン。そして、地底では物凄く貴重な緑野菜のソテー。地上の農園で育てられたものだろう。

 隣で喉を鳴らす音が聞こえたけど、無理もない話だ。


「さ、座って。冷めないうちに」


 促されるまま僕と妹は、長机の一端に並んで腰掛ける。エシュは当然のように僕の向かい、屋敷の主人から見て反対隣に腰を掛けた。

 彼女が合図を送ると、給仕が順に飲み物を注ぐ。


「自己紹介が遅れてしまったわね。私はレヴァナリア。私のことは愛称のレナか、先生と呼ぶように。読書会に来ていた子たちも、そう呼んでいたでしょう?」


 子供たちばかりか、保護者までもが彼女を先生と呼んでいた。きっと彼女が物知りで、親たちにも惜しみなく知識を共有してくれる人物だったからだろう。


「はい、先生」

「よろしい。では、お行儀良く召し上がれ」


 僕が応えると、彼女は満足げに微笑んだ。


 そんなやり取りをしている間も、エシュは目前のスープ皿を見下ろしていた。考え事をしていた可能性もあるが、それは誰にも知り得ない。


「貴方のことは、ロエルと呼んで良いのかしら?」


 レナが視線を僕に寄越してきた。口に入れた物を無理に飲み込むのは躊躇われたため、身振りで肯定を示す。その後、銀色の杯から一口含んで流し込んだ。

 書類には親から与えられた名前と家名を書いた。彼女は、どこで知り得たのだろうか? 「ロエル」の音が本名を短くした愛称に近いことも事実だが、エシュが僕をそう呼んだ回数は、片手で数えられる程度しかない。

 それでも情報が漏れたなら、怪しいのはサハルと呼ばれていた政府関係者……。


「では、彼は?」

「エシュ、と呼んでいます」

「そう。エシュ。……炎の、赤。良い名前ね」


 レナは瞬時に名前の意味と由来を理解して微笑み、エシュに向き直った。


「改めて、よろしくね。エシュ」


 エシュは食事の手を止めず、一瞥だけを返した。レナは気にする様子もなく僕たちに向き直り、視線を妹へ移す。その際、スプーンを握って、まともらしく食事するエシュを見た僕は、危うくスープを吹きそうになった。

 咳払いで濁したが、鼻が痛い。


「妹ちゃんは?」


 話しかけられた緊張でスプーンを握りしめたまま、妹は僕を見た。頷いて促すと、消え入りそうな声で妹が答える。


「……ユラ」

「よろしく、ユラ」


 レナは穏やかに微笑んだ。


「今日から私の家族として、ここの住人になるのだから、給仕たちとも仲良くしてくれると嬉しいわ」


 エシュはスープに伸ばしかけた手を止め、ゆっくりと顔を上げて妹を見つめた。すぐに顔を背け、食事を再開したが、何だか不安になってきた。


 売られなければ買わないが、売られた喧嘩は根刮ぎ買うのがエシュだ。妹がエシュを意識して恐怖するほど、エシュも妹を無視できないのかも知れない。


「大丈夫よ、ユラ。エシュは初めて見る子に興味を引かれているだけ。怖がることないわ。ねえ、エシュ?」


 レナに問いかけられたエシュは首を傾げた。彼女は、どの程度まで危険性を理解しているのだろう。僕が注意して見張らなければ。


「エル?」


 妹が不安げに僕を見つめる。


「平気だよ。エシュは見かけより、ずっと優しい」


 怖がり過ぎが良くないと言うのは、現段階では仮説でしかない。それに心を制御するのは難しい。


「……うん」


 まだ半信半疑のようだが、おずおずとスプーンを握った。

 

 

 夕食の後、妹は寝巻き姿で隣の部屋から布団一式を抱え、僕の部屋に現れた。


「エル、一緒に寝ていい? 今日だけ」


 僕は溜め息を吐き、布団を敷く手伝いをするために立ち上がった。知らない部屋に一人きりでは落ち着かないというのは理解できる。会えない期間が長かったから、聞きたいことや伝えたいことがあるのも、お互い様だ。


 部屋に入って来た妹は、引きつった悲鳴を上げ、布団を握りしめながら駆け寄って来た。寝台の上で胡座をかき、様子を眺めていたエシュを警戒しているらしい。


 筋骨隆々の巨体に、派手なボサボサ頭と感情の読めない獣染みた瞳。外套一枚を腰に巻いているだけの野蛮人だ。恐怖するのも無理はない。

 僕自身は数日で慣れたが、止むを得ない状況がそうさせた面も多分にある。


 妹の頭を撫でつつ、事態の収拾を図るために身を乗り出した。しかし、どう伝えたものだろうか?

 手っ取り早く妹の抱える恐怖を取り除きたいなら、エシュとの間に主従関係があるかのような振る舞いを妹に見せれば、即時に効果を実感できるだろう。要は、言葉で命令して心でお願いする作戦だ。


 この作戦の問題点は、妹が僕の表面的な言動だけを真似た場合に起こり得る代償の大きさにある。

 見かけほど好戦的でなくとも、殴られれば殴り返すのがエシュの基本行動であり、腕力が洒落にならないのだから。


 いつもの通り、話せば理解を示してくれる隣人として振る舞う無難な手段が最善だろう。


「ユラが怖がるから、じろじろ見るのは控えてくれ」


 言葉よりも、心の奥底にある決意を理解するエシュになら伝わるはずだ。まだ寝台から降りないエシュに、僕は具体的な行動を要求した。


「悪いけど、その布団は君一人で使っていいから、今夜は床で寝てくれないか?」


 僕の布団を床に敷いて、エシュにはそこで寝てもらう。代わりに妹の布団を寝台に敷き、妹は壁側、僕はエシュ側で寝る。これで問題ないはずだ。


 エシュだけ部屋をあてがわれていない理由は何だろう?

 

 

行動が予測不能な奴だからか?

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