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【闇堕ち直前】主人公の色なし観察日誌2  作者: 荒屋朔市


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4/12

取り戻せたもの、取り戻せなかったもの

お気付きで御座いましょうか?


 発光菌ランプを掲げて前を歩く給仕の案内で、僕は書類と筆記具を握りしめ、エシュを引き連れて廊下を歩く。

 交渉の場で妹との面会を条件に出したが、あれから何の音沙汰もなく、三度の食事が運ばれて来る部屋で丸一日を過ごした。今もなお、期待より先に疑念が頭をもたげている。


 もし、妹には会えないと言われたら? あるいは、牢に閉じ込められて人質同然に扱われたら?

 悪い方へばかり思考が転がっていく。


 給仕が足を止め、恭しく脇へ寄る。一つの扉の前まで来ていた。

「このお部屋で、妹様がお待ちでございます」


 僕は頷き、冷たい指先を一度強く握りしめた。背後のエシュに視線をやれば、壁の窪みに飾られ調度品を眺めている。

 

 

 一息を吐いて扉を叩く。返事はない。

 扉に手を伸ばす給仕の所作がもどかしく思え、待たずに扉を開けた。そこは陽光を模したような照明が輝く、広い部屋だった。最初に入った応接室よりも少し狭いが、調度品の一つ一つから歴史の重みが感じられる。

 奥の大きな肘掛け椅子に、小さな人影を見つけて歩み寄る。背後で扉が閉まった。その物音を聞きつけた人影が、ゆっくりと振り返る。


 視線が合う。妹は目を見開いたまま動かなかった。その目に映る姿が、信じられないとでも言うように。


 僕も声が出なかった。

 何から事情を説明すれば良いか分からない。家を出てから厄介な奴に遭遇して、黒かった肌は不気味なほど青白くなった。妹は僕に気づくだろうか?

 僕を恨んでいるのではないだろうか? 好奇心に唆され、どんな危険が待ち構えているかも不明な状況に、妹を巻き込もうとしている。身勝手な僕に何を思うだろう。


 先に動いたのは妹だった。


「……エル?」


 絞り出すような掠れた声が僕の耳に届いた。


「その肌どうしたの? 何をされたの? ここで何をしているの?」


 妹は椅子から飛び降りると、走り寄ってきた。僕の数歩手前で急停止し、小さな拳を握りしめ、その目に涙を溜めて睨み上げる。


「何で帰って来ないの? ずっと待ってた。何度も探しに行った。でも、どこにもいなかった! 何で置いてったの? ウソつき! ずっと一緒って言ったのに!」

「それは……」

「もう会えないんじゃないかって! 一人ぼっちで、……怖かったんだから!」


 嗚咽が混じり、いくつもの大粒の涙が溢れ落ちた。

 安堵の涙ではない。僕が一方的に与えた不安と孤独に対する非難の涙だ。


 どんな言葉で受け止めるのが正しいのか、僕には分からなかった。再会を喜ぶべきか、事情を伝えて謝るのが先か、つられて泣くべき場面ではないのか。

 なぜ、こんなことを考えているのだろう? 何をするにも一緒だった。妹に会えば、どこかで落としてしまったものを取り戻せる気がしていたのに……。


「僕が悪かった」

「謝ってほしいんじゃない!」


 激しく首を振ると、柔らかな白髪が頬を叩いた。濡れた頬に髪が張り付く。


「生きてて、よかった」


 僕の胸に顔をうずめ、妹は声を上げて泣きじゃくった。僕は震える背中を擦りながら抱きしめる。

 部屋の入り口に立つエシュが、初めて見る生き物を観察するかのように一部始終を眺めていた。

 

 

 やがて妹がしゃくり上げながら顔を上げ、僕の背後にいるエシュに気づいた。身体を震わせた妹が僕の後ろに隠れる。


「あの人、だれ?」


 恐怖と警戒が混じった小さな声だ。僕は振り返って、扉を立塞いでいるエシュを見た。

 どう紹介したものか。


(エシュ。ユラが怖がるから姿勢を低くしてくれ)

「ここの同居人だ」


 心の中で唱えながら、妹に答えた。エシュは何も言わず、ゆっくりした動作で最も手近な椅子へ移動して、そこに収まった。妹の警戒を解くには、長い時間が必要になりそうだ。


「大事な話がある。あの家に戻るか、ここで暮らすか決めてほしい」


 落ち着いてきた頃を見計らって切り出した。キョトンとしたで顔で僕を見つめ返すと、妹は小さく笑って答える。


「エルと一緒なら、どこでもいい」 

「ありがとう。……ここに名前を書いて。読書会の先生を覚えてる?」

「うん。何となくだけど」


 扉をノックする音が響いた。静かに開かれた扉の向こうには、噂に上がったばかりの女性が待っていた。

 僕たちは書類に署名して指印を捺し、彼女に手渡した。紙面に目を通した彼女が口元を緩める。


「確認させてもらったわ。ようこそ我が家へ。まずは食事にしましょう」

 

 

「ご両親は体裁を気にするばかりで、妹ちゃんのことは省みていなかったようね」


 食堂へ向かう途中、屋敷の女主人は廊下を歩きながら淡々と告げた。妹は僕の服の裾を掴んでついて来る。


「報告によると、印章を見せて保護を申し出た時も、彼らの関心事は『責任の所在』と『育児資格』だったそうよ。こんな話を他人から聞かされても、信じられないかもしれないけれど」


 むしろ、あまりにも想像通りで、怒りよりも先に諦念が僕を納得させた。妹はキラキラした装飾が気になるようで、ずっとキョロキョロしている。エシュも相変わらずだ。


「別れを告げる時間は許したかったのだけれど、人目につくと面倒だからって、向こうから拒否したとか。中層の横繋がりは、よほど複雑なのね」


 給仕が彼女の前に進み出て、食堂の扉を開ける。


「十日後の議会が終わった後なら、いつでも会いに行って構わないわ。気持ちの整理のためにも。互いに腹を割って話し合えば、すれ違いや誤解が解消されるかも知れない」


 素直に優しさや配慮として受け取って良いものだろうか。


「もはや国家の命運と僕らの生活が、日誌とエシュにかかっている」


 そう言外に告げているのだ。僕たちは仮初の平穏な暮らしを与えられたに過ぎない。

 

 

レナの悪役ムーブ凄ない?

「悪役令嬢レナ」の短編とか、イケそうな気がして参りました。

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