終幕
不意を突く精神攻撃。
監視体制の詳細と報告義務についての通達がなされ、議会は解散となった。
早々に撤収する革新派とは対照的に、長老たちは椅子ごと運ばれ、退室して行った。あの姿は不老不死を追い求めた同族の成れの果てか。
僕の祖父母たちも指先が異常に硬かった。
「お疲れ様、ロエル。堂々とした立ち振る舞いだったわよ」
レナが労うように声をかけてくるが、皮肉にしか聞こえない。僕は何もしないことを選択しただけだ。
議場を出た後、養子縁組の手続きを行うため、案内を受けながら別室へ移動する。署名済みの書類を提出するだけで、身元の確認もなく完了した。
これで名実ともに、僕と妹はラヴァンケス家の保護下に入り、おまけに次期当主候補という肩書きまで背負わされた。
部屋を出ようとした時だ。
「入るぞ」
低く乾いた声と共に、灰銀色の髪を揺らすセデルが扉を開け、入って来た。続いて、軽い足取りでジヴが現れる。
「登録用の名が必要だ」
壁に背を向けて立つエシュを無機質な瞳で見やり、セデルが宣言する。レナが少し困惑したように眉を寄せた。
「提出資料を読んだが、今の名では障る。名は体を表し、在り方を縛る祝福であり呪いだ」
「『火種』は燃え広がって『業火』へと変わるかも? 気にし過ぎかもだけどね?」
隣でジヴが付け加えた。
「名を呼び続ければ、概念や運命も固定される。私も聞いたことがありますけれど、迷信では?」
そう問いかけたのはレナだ。僕も祖父母から聞いたことがある。相手との距離を測りかねている様子のレナに、直立不動のセデルが一瞥を返す。
「人も然り。神も然りだ。大いなる力を持つ存在ならば、影響は図り知れぬ」
「だから、ボクらも考えたよ。ヘド、マラ、クォル……どれがいい?」
明るく問いかけるジヴの横で、セデルが一枚の紙を広げた。見本のように綺麗な古代文字だ。書庫で読みあさった歴史書の記憶から、現代語訳した意味を探す。確か、……反響、鏡、声。
エシュを見やるが、視線を返すだけだった。
「あの、ご提案いただいた以外の名前でも構いませんか?」
「秩序を乱さぬならば」
「紙をお借りしても……?」
問うなり即座に差し出された紙を受け取ると、事務机の上に広げ、整った文字の下に鉄筆で書き出した。
「……アーズイエンナー? 『銀の大盾』或いは『力ある武器』……かしら?」
レナが横から解読して不思議そうに問う。見上げると、セデルは瞼を閉ざしていた。
「『頑丈な巨木・柱・大地』と『眼・泉』と『今・祈り』だな。……現在を観測する柱、とも読めるが……」
想定以上に熟考しているセデルを前に、いたたまれない心地になった。
僕が書いたのは、「神の古泉」の旧称「光の庭園」から取った造語。これでは自作の詩を読み上げられ、批評を聞かされているような気分だ。
「クォルにします。『声・響き』ですよね?」
なぜか、ケラケラと笑い出すジブ。
また何か見えたのだろうか?
「良かろう。第三の顕現体、公式の名を『クォル』と登録する。呼び名は好きにするが良い」
厳かに頷くと、セデルは紙を事務員に託した。
「あの。今、『依代』ではなく『顕現体』とおっしゃいましたよね? どういう意味ですか?」
「言葉通りだ」
セデルが短く即答し、自ら補足する。
「『神』そのものと認めるより、『依代』或いは『御使い』と呼称する方が、人間には都合が良い」
「ボクとセデルとクォルは、魂を分けた兄弟ってことだよ。またね、エル」
セデルは掻き消えるように去り、ジヴも満面の笑みで手を振りながら光の粒となって姿を消した。
「……先生は、ご存知でしたか?」
「革新派の介入で分裂しちゃったこと? それとも、彼らが保守派と革新派のそれぞれで匿われていることかしら?」
意味ありげに微笑む彼女は、それ以上答えなかった。
議事堂を出ると、不機嫌面のサハルが立っていた。姿を見るなり安堵で肩から力が抜けたのを見た気がする。
「無事に終わったようだな」
「当然よ。それよりも、ハル。何か言うことは?」
その場でクルリと回り、ドレスの裾を揺らめかせるレナ。
「あ? ……ああ、ご苦労さん」
彼の背後で、短髪の女性が溜め息を吐く姿を見た。
◇
要塞のような門を抜け、キャリッジを降りる。重厚な玄関扉が開かれ、妹が飛び出してきた。
「エル、おかえり!」
「ただいま、ユラ」
抱きつかれた衝撃でよろめきながら、抱き締め返す。妹の体温と無邪気さで、冷めきっていた胸の奥が溶けていくようだ。久しぶりに我が家へ帰ったような安心感と疲労感が、同時に押し寄せてくる。
屋敷の警備に残していた部下と合流したサハルは、休日申請も報告も代行するから休むように詰め寄られ、口論を始めた。
レナはドレスから普段着に着替えるため、給仕を二人ほど引き連れて自室に向かい、僕とエシュも着替えた。
そのまま寝床へ沈み込みたいのを我慢して食堂を目指す。扉を開けた途端、食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐる。いつもならエシュが座る席に、サハルが座っていた。
「これからは堂々と外出できるわ。どこへ行くか、事前に報告する義務が発生するけれど……」
レナの話から明日に思いを巡らせ、提供されたキノコと豆のスープを一口飲む。少し冷めているものの、程よい食感の具に優しい味が染み込んでいた。
土産話をせがまれても、スープを褒めてやり過ごす。照れたように笑う妹を見ていると、望んでいた平穏を手に入れたことを実感できる。
妹の隣でエシュが優雅にスープを飲んでいた。そんな姿を見る度、違和感と虚しさが募っていく。
夕食後、習慣で文机に向かった。新しい紙を広げ、ペン先をインクに浸す。
明日は妹と「古泉」へ行く約束をした。狩猟や食用植物を加工する知識も集めた。これからは実践を重ね、技術も磨いていこう。
滑稽な話だ。拾われたのは僕で、飼われているのだって僕の方かもしれないのに、議場の誰もが僕を『管理者』と見ていた。心底どうでもいい。
自分でも呆れるほど身勝手な考えに嫌気が差す。
あの日の『君』に会いたい。
「難儀だな」
僕もそう思う。人の心は移ろいやすい。
深い溜め息とともに振り返ると、シャツとスラックス姿のエシュと目があった。
「どれが本当の君なの?」
「答えれば、お前は信じるのか?」
それもそうだ。答えを聞いても、そこで満足はしない。
「おやすみ、エシュ」
全裸の怪物が『執事服』という萌えを着こなし、神の分身と認められるまでの物語。皮肉屋ロエルと喋り無精なエシュの穏やかな10日間にお付き合いくださったアナタへ、地底湖の底より最大級の感謝を。
数々の難解な古代語と、政治という名の『毒杯』を飲み干したアナタは、もはや熟練の探索者です。
「古泉ピクニック」の際は、パンと飲料をご持参いただき、腐臭を放つキノコにはお手を触れないよう、ご注意くださいませ。中毒性が有り、大変危険です。
それでも、再び地底湖を訪れるなら、愛想笑いできない奴の満面の笑みに出会えるかも知れません。




