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虚白の観察日誌2  作者: 荒屋朔市
10日目

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舌戦

富と権力の象徴、羽根扇。


 地底蜥蜴トンネルランナーのキャリッジに揺られ、僕たちは地底世界の最上層、岩盤が最も厚い区画へ到着した。ここは祖先が最初に定住した聖域とも呼べる場所らしい。


 天然の空洞に造られた議事堂の外観を見ることは叶わなかったが、巨大な石造りの扉の両脇には、槍を持った衛兵たちが控えていた。

 太い石柱が立ち並ぶ巨大空間で、発光苔が絨毯のように群生して、踏み外した時にだけ足音が反響する。柱と壁面の彫刻や天然石などの装飾が、静謐な異彩を放っていた。



 サハル率いる護衛班は会議室の入り口で分かれた。ここから先は、武力ではなく、言葉と欺瞞が飛び交う戦場だ。


「私が発言を許すまでは口を閉ざして、行儀良く追従すること。良いわね?」


 僕は頷き、背後に立つ執事を振り返る。ゆっくりと瞬きした後で、見つめ返された。……人らしさを真似るエシュなりの演技だ。

 重厚な扉が呻くような音を立てて開かれる。壁に並んだ青白い発酵菌ランプの淡い光りが視界に飛び込む。


「ラヴァンケス家の現当主、レヴァナリア・オル・ラヴァンケス様、ご到着されました」


 鮮やかな緑と白を基調とした飾り羽根の扇を広げ、迷いのない足取りで進むレナ。その背中を僕とエシュが追う。

  

 議場は円形のすり鉢状になっていた。すでに数十名の大人たちが着席している。

 右手には、法衣に身を包む保守派の後継者と側近。

 左手には、場違いなほど華美な服を纏う革新派の代表者。商人や研究者を思わせる身なりの者が多い。


 彼らの視線が一斉に入場者へ突き刺さる。敵意の混ざった視線を受けつつ、レナは悠然と中央へ進んだ。

 議場の最深部、円卓を囲むように鎮座しているのは各名家の当主であり、現在の最高齢者たちだ。法衣に身を包む六人を見た瞬間、悪寒が走った。


 ――生きているのか?


 それが第一印象だ。彼らの肌は鉱石のように硬質で、血が通っている気配がない。ガラス玉のように濁った瞳が虚空を見つめている。

 長い時を生きた果てに、肉体が無機物へ変質していく過程にある者。保守派の重鎮、『長老会』の賢人たちだ。


「……遅いぞ、レヴァナリア」


 発光鉱石が埋め込まれた円卓の向こうで、長老の男が口を開いた。腹の底から響くような重低音が広がる。


「我らを待たせるとは、相変わらず不敬な娘じゃ」

「お待たせして申し訳ありません。身支度に手間取りまして」


 悪びれる様子もなく優雅に微笑み、レナは円卓に残されていた空席に座る。

 僕は彼女の斜め後ろ、書記官用に用意された小さな机へ向かうと、目立たないように息を潜めた。椅子の真後ろにエシュが立つ。

 ガラス玉のような瞳がエシュへ向けられた。レナの右隣に座る重そうな耳飾りの女性が、興味深げに目を細める。


「……ほう。憲兵らの報告は聞いておるが、それとは随分と趣が異なるようじゃな」

「御使い様に下僕の服を着せるとは、どういった趣向か? 返答の次第では……」

「待たれよ。昔から変わらずセッカチじゃな」


 彼らの認識において、書記官の僕は存在しないも同然の「付属品」のようだ。視線はエシュのみに注がれている。


「して、ラヴァンケスの娘よ。その『依代』を奉納するというなら、殊勝な心掛けを褒めて遣わすぞ」


 長老の一人が値踏みするように言った。レナは羽根扇を開き、口元を隠す。


「ご冗談を。この度は、所有権の確認に訪れたのです」


 静まり返った議場に彼女の声がよく通る。


「彼を私の後継者見習いの守護者として、認めて頂きたいのです」


 後継者見習い。単なる「その場しのぎ」ではないだろう。


 白肌は「神意」を得た証。現存するのは、僕とレナの二人だけ。ここまでの情報が真実なら、保守派は僕を後継者と認めざるを得ず、指導を任せられるのはレナのみ。

 要するに、この場を切り抜けても、いずれ否応なく彼女の地位を継がされる。レナの寿命が尽きる前に継げば良いなら、百年後か二百年後までに対策を講じておこう。


 長老たちの無機質な顔に、ヒビが入るような怒りの感情が走る。


「……戯言たわごとを」


 左隣二番目の長老が机を指先で叩いた。カツンと硬い音が響く。


「個人の私有物になど、できる道理がない」

「然し乍ら、『資格』は得ておるようじゃ。後継者を見つけたとは実に喜ばしい」

「如何にも。お前ときたら跡継ぎもこさえずに、国を出て危険な遊びばかり。肩の荷が下りた心地じゃわい」


 鋭い視線が初めて僕に向けられた。重圧を伴うような眼差しに、心臓が早鐘を打ち、喉が張り付く。



「ふざけるな!」


 革新派の席から一人の男が立ち上がった。皮の防具を身に着け、鋭い目をしている。見た目から察するに、議会に参加するべく武装解除に応じ入室した武闘派と思われる。


「『神降ろし』が成された日、部下の三名が地下迷宮へ向かったまま消息を絶っている! 貴様らが飼っている怪物の仕業ではないのか!?」


 糾弾の声が響く。

 僕は表情を動かさず、エシュに遭遇した日のことを思い返した。エシュに攻撃を仕掛けた三名は、情け容赦のない反撃を受けて命を落とした。

 真実を認めれば、即刻処分へ傾く恐れがある。


「それは、お気の毒ですわ。……もしや、未登録の坑道に迷い込み、崩落に巻き込まれでもしたのではなくて?」


 レナが冷ややかな声で告げた。


「貴様、何をぬけぬけと……」

「数日前、我が敷地に侵入した『賊』の安否を憂うなら、議会の後にお窺いしたいですわ。非公式の武装集団など、国軍に突き出せば即刻、牢屋送りですのよ?」


 パチンと硬質な音を響かせ、レナが羽根扇を閉じた。

 男は言葉を詰まらせ、悔しげに座り込む。



「さて、本題に戻りましょう」


 彼女の手中で翻される華やかな扇。ふわふわとした飾り羽根の下に、白銀の冷鉄が一瞬だけ煌めく。


「長老様方は仰いましたわね。『個人の私有物にはできない』と。……では、お聞きします。保守派が管理することを革新派は納得するでしょうか?」


 今度は革新派の席を一瞥する。


「逆も然り。革新派に委ねれば、長老様方は冒涜だと猛り、宣戦布告するのでは?」


 妖艶な微笑みを浮かべた。


「いずれにしても内戦は避けられず、末路には共倒れ。ならば、どちらにも属さない『中立の器』へ預けるのが、最も合理的ではありませんか?」


 

あとで年齢を聞いてみようかな?

……サハルに。

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