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虚白の観察日誌2  作者: 荒屋朔市
10日目

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26/30

出立

サラリと告げられる過去のヤンチャ話。


 議会当日の朝。食堂には、スープから漂う香草と鳥肉の香りと共に、張り詰めた緊張感が漂っていた。


「勢力図の最終確認をしておくわね」


 レナがカップを置く。


「保守派が私に頭が上がらないのは、前にも言った通りよ。古泉で色を失った白肌は神に選ばれた証。……細かい説明は省くけれど、誰でも良いわけではないの」


 僕の顔を真っ直ぐに見た。『神の古泉』に触れた影響で、生来の色と幼少期の火傷跡を失った異様な色の肌を。


「そして、革新派。彼らは地上の人間と交易をしているけれど、地上には『黒い悪魔』の伝承があるの。ご先祖様たちが派手に暴れたのね。でも、私は例外」


 懐かしむように目を細める。


「向こうでは『月の女神』や『白銀の姫』なんて呼ばれていたわ。勝手に神格化して有り難がって、果物や穀物、陶器の贈り物までくれるのよ」


 サハルが睨みを効かせる横で、レナが女神のように微笑む。そうやって地上の異種族たちを相手取り、地上でしか生産できない食料や加工品に関しても堂々と交渉する姿が、まるで目に浮かぶようだ。

 美貌という武器に加えて、人心掌握と話術で好意を勝ち得て国を富ませる。そこまですれば、もはや女王の外交だ。


「おかげで国の食糧事情は少し改善されたわ。何年も続ける内に、『不老不死の秘薬を持っている』だの、『魔性の女王を捕らえろ』だのって、王侯貴族や富豪が懸賞金を懸けるようになっちゃったけれど……」


 話しながら悪戯っぽく肩を竦めた。


「まあ、有名になり過ぎた代償ね」


 最近の出来事と同じ感覚で数十年前の話をする。同族相手なら通用するが、五十年もすれば老いる異種族が相手では、「変わらぬ美貌」は憧れを通り越して恐怖の対象だろう。


 地下では「神の巫女」。地上では「不老の女神」。二つの顔を使い分けながら、国内外で中立を貫き通す彼女は、何歳なのだろう? 


 レナはエシュに向き直る。服に慣れさせるという試みから、エシュは予備のシャツとスラックスを着た姿で、初めて見る地上生物の肉を睨みつけていた。

 この新しい物好きは、僕の影響だろうか?


「だから、『回復能力』は絶対に見せないこと。老いへの恐怖に種族は関係ないの。『永遠の命』に繋がる可能性を嗅ぎつければ、保守派も革新派も我先にと襲ってくるわ」


 話しかけられても普段なら全く意に介さないエシュが、突然咽せ始めた。

 これも僕の影響だろうか? 今朝は温かなスープの味も分からないし、焼きたてパンも肉も、パサパサしていて喉に引っかかる。



 食後、出発の準備を整えた。

 襟の詰まった礼服に袖を通す僕の横で、エシュは手を借りながら執事服に着替える。

 外套は置いて行きなさい。繕う必要もあるのだから。

 筋肉質な体躯が違和感なく綺麗に収まり、禁欲的な美しさを纏っていた。鮮やかな赤い癖毛だけが、黒一色の装いの中で酷く際立っている。



 レナを待つ間、僕は中庭へ向かった。まだ痕跡は残っているが、憩いの場だ。発光キノコが奇跡的な復活を遂げていることに気づいた。それを訝しむ間もなく、パタパタと軽い足音を聞きつけて振り返る。


「見つけた!」


 駆け寄ってきたのは、深い青色のリボンを握った妹だった。


「あのね。髪がそのままだと、お顔が見えないから」


 爪先立ちをしてエシュの背中へ手を伸ばす妹。エシュは地面に膝をつけないよう器用に屈んだ。


「ありがとう。じっとしててね」


 エシュの背に回り込むと、赤髪を丁寧に手櫛で梳いた。無造作に広がっていたたてがみが一つに束ねられていく。うなじの低い位置で髪をまとめると、リボンでしっかりと結んだ。


「……できた!」


 満足げな声を上げ、妹は数歩離れる。


 漆黒の執事服の背中。その上に、高級な毛ばたきのようにボリューム感のある赤髪が、青のリボンで留められていた。シックな装いの中、そこだけ妙に温かみを感じる。

 劇的に変化したのは、真正面からの見た目だ。前髪の一部を残して潔く撫で付けられたことで、先の尖った耳の輪郭と精悍な顔立ちが露わになった。太短い眉も久しぶりに見た気がする。


「無事に帰って来てね」


 妹なりに考えた「お守り」なのだろう。エシュはリボンに触れないまま立ち上がった。


「こっちはロエルのね。結ぶからじっとして」


 続いて妹は、書記官服に合わせた緑のリボンを取り出す。断れるはずもなく、エシュと同じ髪形にされた。髪質も長さも違うため、雰囲気は別物に見えるはずだ。


「二人とも、とても似合っているわ」


 白銀のドレスを着たレナが笑みを浮かべていた。



 玄関を出ると、見たこともない乗り物が待機していた。

 太く短い四肢に、吸盤のような指を持つ巨大な爬虫類『地底蜥蜴トンネルランナー』が引く、屋根付きのキャリッジだ。


 御者台の人物も、周囲に控えている大人たちも、サハルと同じ制服を着ている。指揮を執っていた女性がレナに向き直り、敬礼した。


「レヴァナリア様。護衛班、配置完了しております」


 短く切り揃えられた白髪と意志の強そうな目元。腰には飾り気のない細剣を帯びている。

 僕とエシュに対して、値踏みするような視線を向け、軽く会釈をした。最後にサハルを睨む。


「隊長。お身体の具合は……?」

「ただの寝不足だ。この件が片付いたら、まとまった休日を申請する。何度も言わせるな」

「お顔から疲労が消えるまでは、何度でも進言します」


 被せるように言葉を遮られ、煩わしげに鼻を鳴らされても、その女性は涼しい顔で受け流した。


「サハル、部下は大切になさい」


 レナがクスクスと笑いながら、キャリッジに乗り込む。僕も深呼吸をして乗り込んだ。その後を執事姿のエシュが続く。軋む音を立てて扉が閉ざされた。



 薄暗い車内。車輪が回り始め、その揺れを感じながら僕たちは議会場へ出発した。

 窓の外を流れる景色を見つめながら、僕は首元のリボンに触れる。妹の願いが込められた小さなお守り。


「ロエル、護身用の武器は議場に持ち込めないの。懐のそれは後でサハルに預けておきなさい。その代わり、これを貸しておくわ。胸ポケットに入れて置いて」


 レナが取り出したものは、装飾が施された銀の鉄筆だった。見た目に反して質量がある。


「そんな顔しないで。使おうと思わなくて良いの。ただの厄除けよ」


 

まるで国史。

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