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虚白の観察日誌2  作者: 荒屋朔市
9日目

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24/30

執事

役割という名の檻。


 テラスから部屋へ戻ると、壁の向こうから話し声が聞こえてくる。妹の声だ。


「こんなに綺麗なレース、初めて見ました」

「ふふ、気に入った? それは地上で流通している綿よ」


 テーブルに広げられた色鮮やかなリボン。目を輝かせる妹。それを見守るレナの姿があった。


 先日の恐怖など忘れたかのように笑っている。僕に気づいた妹が駆け寄ってきた。


「エル、レナ先生がね。今度、私にも新しいお洋服を用意してくれるって!」

「それは良かった。ユラだけ仲間外れでは僕も心苦しいからね」


 妹の頭を撫でる僕を見て、レナが悪戯っぽくウィンクする。


「女の子にはトキメキと夢が必要なの。美味しいもの、綺麗なもの、可愛いものよ!」


 彼女は元々、政治的な打算だけでなく、こういう細やかな気遣いができる人だ。ずっと前から知っていたはずなのに、忘れていた気がする。


 妹の笑顔を見ていると、胸の奥が少しだけ軽くなる。それと同時に、取り残されているような感覚が襲う。あるいは、使命感と呼ばれる固定概念。

 この笑顔を守らなければならない。そのために何をすべきか……。


「先生。少し、お時間をいただけますか?」

「構わないわよ」


 レナは答えるなり控えていた給仕に妹の相手を任せ、部屋を移動した。



 午前中は、なし崩し的に準備が進んでしまったが、今日中に意思表示をしておかなければならない。


 書斎の来客用テーブルには、地図と駒が広げられていた。執務机には、議会で読み上げる声明文を推敲していたらしい痕跡も見られる。


「先生。議会場へ連れて行く際、服を着せる必要性があることは理解できますが、召使いの格好をさせては不敬だと騒がれませんか?」


 僕を見るレナの瞳に真剣な光が宿った。


「ロエル、あの服はエシュを貶めるためではなく、貴方を守るために選んだのよ」


 貴方のため。その一言で警戒心が強まるのを感じた。


「大人たちから見れば、貴方は『偶然にも神を拾っただけの子供』だわ。でも、執事服を纏った彼が貴方にのみ傅いたら、どう見えるかしら?」


 それは酷く心地が悪そうだ。小さな良識が及ぼす嫌悪感も、日常に変われば次第に薄れ、いつかは慣れてしまう。背徳の忌避が醜悪な快楽へ覆れば最後、現状までもが覆る。

 僕は言葉と共に、先々で起こり得る予感を飲み込んだ。


「『怪物を従えさせられる唯一の支配者』、そう認識させるのよ」


 レナは指を折って数える。


「神官服を着せれば保守派が『神殿に祀るべき』と騒ぐ。鎧を着せれば革新派が『兵器として有効利用すべき』と騒ぐわ。だから、奴らを黙らせるには『ロエル個人の剣である』と宣言するしかない」

 

 政治的な「第三極」を作るための演出。その理屈は素人にも理解できなくはない。

 僕は深く息を吐き、最大の懸念を口にした。


「逆効果になりませんか? エシュを制御する唯一の『主』だと強調すれば、僕が狙われます。エシュを手に入れるために僕を人質に取る。そう考える輩が現れるかも知れません」


 種族の特性として、理性と知性を重んじるとは言え、欲に目を眩ませる者がいないわけではない。現に先日、襲撃を受けたばかりだ。


「その危険はあるわ」


 レナは、あっさりと認めた。僕の不安を読み取ったのか、反論の隙を置かずに続ける。


「そんな時にも、『執事』なら都合が良いの。議事堂の規則で、帯剣した兵士や護衛は会場内に入れない。入り口での待機を命じられるわ。神官なら専用の席へ。でも、『従者』は例外」


 僕の背後に回り込み、耳元で囁いた。


「執事だけが貴方の真後ろ、手の届く距離に立つことを許される。最強の盾がゼロ距離にいる。これ以上の安全策があるかしら?」


 宗教と軍事の干渉を跳ね除け、かつ物理的な警護ラインを僕の肌身にまで引き寄せるための最適解。それを彼女は、この数日間で弾き出し、必要な道具を揃えていたのだ。


「証明すれば良いのよ。貴方が『国家と命運を共にする心臓』だということを。理性的な我が同胞なら、無理やり奪おうなんて考えない。……もし、理性のない輩が来た時は、エシュとサハルに掃除してもらいましょ」


 レナが笑う。僕は深く息を吐き、改めて舞台衣装を見た。


「承知しました。明日は先生の一押し、執事服で向かわせましょう」


 満足げに頷くレナを見て、僕は続ける。


「それと、『情報統制』の確認をさせてください」


 努めて冷静に、事務的な口調を保つ。


「先ず一つ目、『認識による形状変化』の件を公式な報告書から削除したいのですが、賛同してくださいますか?」


 議会の老人たちに知られれば、「神の奇跡」だの「幻惑の悪魔」だのと騒ぎ立てられる。二人で口裏を合わせ、書類を改竄する。それが管理責任者として最善策だ。


「そうね。不確かな情報を削除するのは、私も賛成よ」

「では、二つ目。エシュの『再生能力』ついても、削除を推したいです」


 唇に笑みを残したまま、レナの眼光が鋭くなる。


「『再生能力』を隠すのも賛成。争いを招くだけだもの。『戦闘力』は隠せないけれど、抑止力に活かせば良いわ。それと合わせて公表すべきは、優れた洞察力を活かした危機察知能力かしら?」


 他者の心を聞くエシュの読心術に関しては、日誌に記録していない。すでに彼女も勘付いている事実である以上、書くまでもないと判断した。それを「優れた洞察力」か。


「ありがとうございます。エシュには怪我をしても治さず、我慢するよう言い含めておきましょう」


 作戦の擦り合わせは、彼女に任せても良さそうだ。


「最後の一つ。専用の服を用意していただいて恐縮ですが、僕は辞退させてください」


 僕である必要はない。むしろ、政治に疎い僕が同席すれば余計な危険が増える。それなら僕は裏方に徹するべきだ。


 

……デジャブ。

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