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虚白の観察日誌2  作者: 荒屋朔市
8日目

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21/30

報償

サハルに掛けられた疑惑。


 翌日の昼過ぎ、屋敷全体が気怠げな静寂に包まれている中、僕は部屋で朝食のような昼食を摂っていた。

 襲撃騒動から眠れずにいた妹も、遊び疲れた子供のように微睡んでいる。



 その静寂を破るように、部屋の扉が乱暴にノックされた。返事をする間もなく扉が開き、サハルが入ってくる。

 顔色が優れないのは、深夜の激務と睡眠不足のせいだろうか。眠気覚ましに苦辛い葉でも噛み締めているかのような表情だ。

 昨夜、裂傷を負って腫れていた腕は、何事もなかったかのように新しい制服の袖へ通されている。


「……おはようございます?」


 一言も告げず入室して来たサハルに対し、僕から声をかけた。彼は不快そうに顔をしかめ、無造作に左腕を振る。


「もう、昼だぞ? 腕は見ての通りだ。痛みもなければ、傷跡すらない。……気味が悪いほどにな」


 サハルは大きく息を吐き、部屋の隅にいるエシュを一瞥した。先ほどまで寝た振りをしていたエシュが、容赦のない鋭い視線を返す。


 聞いた話によれば、妹は給仕の服に着替えさせられて実家を出た後、隠し通路から屋敷に入ったらしい。その頃からレナは情報漏洩を警戒して、部外者の視線にも気を配り、接触と出入りを極力控えていたのだ。現在の待遇を捨ててレナを裏切る使用人がいるとも考え難い。

 この隠れ家へ手引きした者、あるいは、尾行された者がいるとすれば……。


「チビ。少し、いいか」


 僕はエシュを残して部屋を出た。廊下を歩きながら、サハルは背を向けたまま切り出す。


「昨日のこと。礼は言わんぞ」


 ぶっきら棒な声だ。


「必要ありません」


 僕が答えると、サハルは気に食わなげに振り返り、その鋭い瞳で僕を射抜いた。


「……チビ。お前、あいつを飼い慣らしているつもりか?」


 サハルの声のトーンが落ちた。


「あれは人間じゃないし、神でもない。従順なように見せていても、いつまで続くか知れんのだぞ?」


 常に抱いている不安を的確に言い当てられたが、他人に悟られて困る情報ではない。親切心から出た言葉だろうし、穏便に受け流そう。それが年長者への礼儀だ。


「……肝に銘じます」

「お前、何もかも分かっていながら奴を連れているのか?」


 顔や態度に舐めた態度が漏れ出ていたのだろうか? 侮りすぎたかも知れない。


「革新派も保守派も、『依代』がレナの手に渡ったことで焦っている。次に何か起きた時の標的は、お前だぞ?」


 吐き捨てるように言った。彼は舌打ちする。


「……ダンマリか? 怖くて声も出ないか?」

「万全を期そうにも、今からでは限りがありますので」


 そう答えると、サハルは僕を値踏みするように眺め回し、鼻で笑った。


「ああ、それもそうだ。チビの痩せっぽちでは、いざって時に妹も守れん」


 僕は唇の裏を噛みしめた。本当に不躾で容赦もないが、大人気もない。苛立ちを鎮めるため、静かに息を吐く。


「では、どうするのが正しかったと思いますか?」


 僕が問うと、サハルは唐突に僕の手首を掴んだ。抵抗する間もなく引き寄せられ、まじまじと観察される。


「細いな。指も細い。ペンだこか?」


 呆れたように手を離すと、サハルは懐から一本の短剣を取り出した。刃渡りは短く、太い針のような形状をしている。


「その体格じゃ、剣を持ち上げることもできん。狙うなら『継ぎ目』だ。関節、首の隙間、目の穴。敵の急所に全体重を乗せて突き刺せ。それなら子供でも勝てる。……逃げ隠れできれば、それが一番だがな」


 指先で器用に回してみせた後、サハルは短剣を僕に押し付けた。



「子供相手に何て物騒な話をしているの?」


 嗜める声が割って入った。

 廊下の向こうからレナが歩いてくる。彼女は僕の手にある針状の短剣を見て、呆れたように溜息をついた。


「護身術を教えるのは構わないけれど、軍人基準の考え方を押し付けないでちょうだい。誰も彼もが暴力で物事を解決するようになれば、国が潰れるわ」

「俺は事実を言ったまでだ」


 口を尖らせるサハルの前に立ち、レナは腰に手を当てた。


「ロエルには、戦況を見極める観察眼と知恵がある。常に喧嘩腰で歩く、目付きも悪いガサツ男とは違うの」

「誰が……!」

「あら、自覚がないの? お茶のカップ、いくつ割ったか覚えてないのかしら?」


 これが痛烈に効いたようで、サハルは言葉に詰まり、バツが悪そうに視線を逸らした。

 二人の間で交わされる言葉は刺々しいが、そこには遠慮のなさを上回る信頼が見て取れた。カップの件といい、真夜中の密談の件といい、ずっと以前から付き合いがありそうだ。

 僕に向き直ったレナが微笑む。


「ロエル。サハルの言うことは極端だけれど、護身用道具は持っていて損はないわ。命の危険を感じた時に躊躇ってはダメよ」


 張り詰めていた空気が少しだけ緩んだように感じた。


「私からは、よく眠れるお薬を贈るわ。使い方を間違えないでね」


 そう言って彼女が手渡してきたのは、とても高価そうな香水瓶だった。



「……チッ。邪魔が入ったな」


 立ち去ろうとしたサハルに、僕は彼の目を見て尋ねた。


「サハルさんは、これまでに何人葬ったんですか?」


 初めて僕の顔をまともに見たサハルは目を見開き、ほんの一瞬だけ黙り込んだ。そして、レナに視線を走らせた後、また僕を見る。


「お前、まさかっ……いや、忘れてくれ」


 何か言いかけたものの気が変わったらしく、顔をそむけて、ズカズカと階段を降りて行った。


 レナがクスクスと笑いながら後ろ姿を見送る。


「ごめんなさいね。あれだけ喋るのは珍しいから邪魔したくはなかったのよ。でも、ちょっと偏りが見過ごせなくて……」


 サハルの暴力的な現実論に対する理性的な擁護。物事を公平に判断する目を養ってほしいと願う読書会の理念に沿った行動は、実に読書会主催者の彼女らしい。


 僕は手の中にある冷たい感触を確かめ、香水瓶を揺らして中の液体を見た後、それらを懐にしまって部屋へ戻った。


 

有能な敵か、あるいは、無能な味方か。

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