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虚白の観察日誌2  作者: 荒屋朔市
7日目

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17/30

夜襲

火事場を見物する野次馬。


 遠くから響く金属音と衝撃で妹が跳ね起きた。


「……エル!?」

「状況を教えてくれ」


 無言で出て行ったエシュを追い、扉の影から頭を出したところで鋭い声が飛ぶ。


「ロエル、部屋に戻りなさい!」


 階下から聞こえてきたのはレナの声だった。既に動きやすそうな服装に着替えている。


「敵襲! 正面玄関に五名!」


 給仕が叫び、使用人たちが大盾を抱えて玄関ホールへ急ぐ。その最中にも、玄関扉を叩き続ける音と喚き散らす声が外から響いていた。


「待て。たかが五人で破れる扉じゃない」


 呼び止めたのは、いつの間にか屋敷へ戻っていたサハルだった。見張りの給仕が慌てた声を上げる。


「サハル様! 奴ら油を巻いてます。火を……」

「正気か!?」


 彼は玄関前の様子を覗き穴から確認すると、舌打ちしながら曲刀を抜き放ち、玄関扉の前に立った。


「……クソッ! どうせ罠だろうが、放火は重罪。看過できん。扉を開けろ。俺が出る」


 サハルは冷たく言い放つ。屋敷内の士気が下げられるよりも先に排除すべきと判断したようだ。


「敵本隊が姿を見せるまで警戒を解かず、守りを固めろ」


 少しだけ開かれた扉からサハルが出て行くと、すぐに閉ざされた。

 戦闘訓練を受けた軍人なら、ただの暴漢に後れを取ることはないだろう。外の音が静まると、安堵するような空気が流れ始めた。



 中庭を凝視していたエシュが、二階の廊下から身を乗り出して飛び降りた。


 給仕の悲鳴を聞き、僕は手摺り越しに中庭を見下ろす。数日前に修繕した石畳が捲れ、泥水で溢れ返っていた。そこから次々に不審者が這い出し、剣を振りかざす。盛り上がった石畳の上に着地したエシュは、足元から伸びる腕を掴み、力任せに投げ飛ばした。


 数日前にエシュが気にかけていた「水音」。あれは水脈の岩盤を削り、侵入路を掘る音だったのか。


 僕が叫ぶより早く、よく通る声が響き渡った。


「盾部隊、中庭へ急いで! 隊列を組みなさい!」


 レナの指示で、大盾を持った使用人が玄関ホールから駆けつける。盾が足りない分は、机や棚を防壁の代わりにして補った。給仕たちは震える手でモップやクワを構え、中庭を取り囲むように切っ先を向ける。


「煙玉を投げて!」


 レナの声に号令で給仕たちが一斉に布袋を投げ、刺激臭を帯びた白い粉塵が中庭を覆い隠す。そこから咳き込む声が聞こえ始めた。


「何だ? この臭い……胞子煙か?」


 訝しむような男の声が上がる。その声に恐怖した給仕が、長い柄の箒を滅茶苦茶に突き出す。


「鬱陶しい! どけ!」


 怒号が上がった直後、箒の給仕が悲鳴を上げながら煙の中へ倒れ込んだ。庇うように前進する大盾に押され、煙が大きく揺らぐ。


「時間を稼ぐだけで良い。無理はしないで!」

「この声、『白銀姫』か! 『化け物』をどこに隠した!?」


 また怒号が飛ぶ。煙の中から抜け出ようと抵抗する物音は激しさを増すものの、大盾を跳ね除ける剛腕もなければ、そんな武器を扱えもしない。それでも、先に崩れるのは使用人たちの精神だろう。容赦なく振り下ろされる剣戟に耐えられるはずがない。

 その時、盾列の端で若い使用人が震える声を張り上げた。


「……ここは俺たちの家だ!」


 聞き覚えのある声だ。彼は手に持ったクワを前方へ突きかざし、襲撃者を牽制する。


「そうだ! 家族を守れ!」

「俺たちの家族を!」


 声が連鎖し、盾列が前へ押し返す。レナは声を張り上げた。


「隊列を維持して! 守りに徹しなさい!」


 最初に声を上げた使用人へ、泥まみれの男が突進する。その手に持っていた石剣でクワを弾き飛ばした。


「邪魔だ!」


 石剣の男が二撃目を振り上げた時、泥まみれの肩をエシュが掴み、泥水に叩き付けた。その飛沫を隠れ蓑にして、一人の侵入者が防壁の隙間を狙って斬り込み、モップを握りしめていた給仕が引きつった悲鳴を上げる。


「伏せろ!」


 声とともに飛び込んだのはサハルだった。正面の戦闘を終えて、中の騒ぎを聞き付けたのだろう。給仕を突き飛ばし、体勢を立て直しながら曲刀を振り上げる。

 立ち上がったサハルに侵入者が追撃を仕掛けるも、彼は曲刀一本で斬り捨てた。


「サハル様」

「下がってろ!」


 駆け寄ろうとする給仕さえ毅然と振り払うサハルに、侵入者が襲いかかる。先頭の一太刀を片腕で受け流し、足を払って床に叩きつけた。息を吐く暇もなく別の刃が襲うも、曲刀を振るって弾き返す。


「舐めるなよ! クソ野郎共!」


 気丈に吼えるサハルの制服は肩口が裂け、血に濡れている。


「ハル、後ろ!」


 侵入者の一人が彼の背に向け、矢を番えていた。泥水を蹴り上げ、サハルの背後に回り込んだエシュが、矢を素手で受けた。それを引き抜き、即座に投げる。目に追えない速さで飛んで行った矢は、射手の腕を岩壁に縫い止めた。


「……化け物が!」


 短剣を握った侵入者が襲いかかる。エシュは短剣を素手でへし折り、その破片を敵の足に突き刺した。


「まさか……こいつが?」


 エシュは急所を正確に捉え、全壊させない程度に加減した力を叩き込んで行く。しばらくすると、襲撃者全員が泥水の中で踞り、僅かに呻いていた。

 給仕たちもレナも言葉を失う。息を切らすこともなく立ち尽くすエシュの赤髪は、戦闘の余韻か、僅かに揺れているように見えた。

 僕は振り返り、布団を被って腕にしがみつく妹を見た。その小刻みに震える肩を抱きしめる。


「ハル!」


 緊張の糸が切れて、ふらつきかけた彼にレナが駆け寄る。


「止血して、それからサハルを客室へ。他に負傷者は?」

「他は、使用人の複数名が打撲と切り傷、……軽傷です」

「他の者も手当てを。侵入者たちは縛り上げて、中庭の片付けと修繕をお願い」


 淀みない指示が飛び交い、それぞれ動き出す。モップの柄と布で止血が施されたサハルを使用人たちが運んで行った。


 

下書き段階では初っ端から玄関を爆発していたけど、戦場は地下ダンジョンのようなもの。火攻め、水攻め、毒ガスも、加減を間違えれば敵味方が全滅する。


オマケに味方の手勢は、ほとんどが一般市民。

何度も書き直した1話。

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