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虚白の観察日誌2  作者: 荒屋朔市
6日目

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15/30

陰謀

当時の姿のまま、今を知っているような言葉。


 鮮やかな声が灰色の景色に割り込んでくる。

 無遠慮に覗き込み、いつも唐突に話しかけてきては、くるくるした金髪を揺らして階級も種族も笑い飛ばすミシャ。


「他の子も呼んでいただろう? 僕が行ったら他の子に迷惑だよ」

「誕生者のわたしが来てって言ってるの!」


 そう言ってミシャは頬を膨らませた。赤らんだ顔が僕には珍しくて、じっと見ていると、ここぞとばかりに畳み掛ける。


「お菓子は持ち寄りだけど、催し物を考えたわ。妹ちゃんも一緒に。約束ね」


 ……また、この夢か。何と返したかは覚えていないが、この先の展開を僕は知っている。

 僕は誕生日会に行かなかった。ミシャがいなくなった読書会は、暗く寂しい場所へ変わってしまう。


「大丈夫だよ! まだ変えられる! 絶対、片割れちゃんになら国を変えられるよ!」


 ハッとして顔を上げる。文机に突っ伏して眠っていたらしい。

 同じ夢を繰り返し見ることはあったけど、最後の発言は今回が初めてだ。でも、ミシャなら言いそうな気はする。



 サハルの話を盗み聞きした後、部屋に戻って布団に潜ったが、ほとんど眠れなかった。

 もし、レナの交渉が失敗すれば、今度は妹も巻き込んで国から逃げることになる。僕は再びペンを握った。



 昼頃、キノコ茶と堅焼きビスケット、乾燥させた木の実が部屋に運ばれてきた。ベッドに腰掛け、嬉しそうに頬張る妹が唐突に切り出す。


「ねえ、エル。エルが家を出た後のこと聞きたい?」


 妹は順を追って、ポツリポツリと語り始めた。僕がいなくなったことで両親の喧嘩は激化し、育児も家事も放棄されたこと。責任をなすりつけ合う怒号の中で、孤独に耐え、何度も僕を探しに出たこと。

 元より放置気味だったと思うけど、話の腰を曲げるような野暮は控えておいた。


「私ずっと一人だった。読書会もなくなって、秘密基地は誰かに壊されてて、そこにもエルはいないし、どこにも居場所がなかった」


 涙を浮かべる妹を見て、罪悪感と自己嫌悪に苛まれた。僕は妹を置き去りにして、自分だけ楽になろうとした。今なら異常な行動だったと理解できる。精神的に追い詰められて、妹を思いやることさえできなくなり、思考力も判断力も失っていたのだ。


 エシュは感情の揺れに耳を傾けているのだろう。無表情のままでも、無関心とは限らない。


「置いて行ったりしてごめん。だけど、これからは……」


 もう二度と逃げない。決意を新たにして約束するのが正しいと理解している。口約束なんて簡単なことなのに、どうしようもなく億劫に思えた。僕が妹を守り、安心させなければならない。

 僕が言葉に詰まっていると、妹は首を振る。


「違うの。エルが一緒なら何があっても平気って思ったの。一緒なら頑張れるって。だから、できることがあれば手伝わせて」


 僕は妹に手を伸ばし、強く抱きしめた。妹に抱きしめ返されながら、僕は心が軽くなるのを感じていた。



 夕食の時間に食堂へ向かう頃、屋敷は「隠れ家」から「要塞」へ変貌していた。玄関ホールは勿論、敷地外へ繋がる隠し通路の前にも防護柵が築かれている。そればかりか使用人たちまでもが、薄い金属や革の防具を身に着け、腰には剣や短槍を帯びていた。


 屋敷中が緊迫した空気に包まれ、給仕たちの私語は極端に減り、見張りの人数や巡回数も増えた。その物々しさに怯えた妹は、腕にしがみつきながら僕の隣を歩いていた。屋敷を満たす緊張と警戒の声に晒されるエシュが心配だ。



 妹を部屋に送り、日誌を提出するためにレナの書斎を訪れた僕は、意を決して切り出した。部屋には僕とレナ、隅に控えている給仕の三人だけだ。


「少しだけ、お時間をいただけますか?」

「ええ、構わないわよ」


 日誌に目を通しながら彼女は答えた。

 レナは常に落ち着いていて、感情的な振る舞いを見せている時でさえ、それが演技だと分かる。そんな相手には無意味と知りながらも、この時間を選んだのは単なる習慣だ。彼女が一日の中で最も上機嫌なのは、日誌の提出時。次点で、食事中だろうか。


「……先生は、ミシャを覚えていますか?」


 レナは手を止め、しばらくしてから息を吐いた。


「ええ、覚えているわ。誰とでもすぐに打ち解ける不思議な子。いつも元気で明るい子だったわね」

「僕も、そう思います」

「ロエルが持っている魅力とは、違う魅力を持つ子だった。意外に気の合うところもあったのかしら?」


 当初の僕の交友関係も気づいていたのだろうか。レナは一瞬だけ目を細め、何かを計算するような冷たい光を宿した。


「ミシャは、少し明るすぎたの。目立ちすぎたのよ」

「どういう意味ですか?」


 レナが視線を走らせると、給仕は慌てて目を伏せた。

 その反応が全てを物語っていた。ミシャの話題は、この屋敷でも禁句に近い話題のようだ。ミシャが誰かの不興を買い、秘密裏に排除されたということか?


「分かりました。無理を言ってすみません」

「いいえ。昔を懐かしむのは悪いことではないわ。二度と同じ過ちを繰り返さないためにも。思い出は大切になさい」


 二度と過ちを繰り返さないために。その言葉が重く響いた。



 書斎を後にして部屋に戻る途中、僕は考え事に熱中していた。

 ミシャは不幸な偶然が招いた事故ではなく、誰かの意思で排除されたのだ。革新派か、保守派か、それは分からない。レナはどこまで把握しているのだろう?


 過去の事件が現在の危機と重なり合う。背後の気配に気を配りながら、僕は薄暗い廊下を早足で歩いた。


 

夢の中は矛盾だらけだ。

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