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【闇堕ち直前】主人公の色なし観察日誌2  作者: 荒屋朔市


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深夜徘徊1

久しぶりの三人称。感覚が戻らない。


 ーー世界は音に満ちている。

 人間が寝静まった真夜の中庭でさえも。


 揺蕩う葉のように、囁く《声》へ身を預ける。

 発光菌が胞子を飛ばす微かな破裂音。地下水脈を絶えず流れ続ける水音。岩盤を削る摩擦音。心地よい音色が合わさる場所。


 中庭は生物たちの囁きで満ちていた。崩れた石畳の隙間の奥で、水が遠く離れた場所の《声》を運んでくる。

 彼は大穴の淵で目蓋を開いた。足元でひしめく発光菌に手をかざし、微弱な《声》へ意識を研ぎ澄ます。


 其の時、接近する柔らかな《声》を感知した。


「静かで素敵な夜ね」


 頭上から凛とした声が響く。顔を上げると、二階のテラスからレナが中庭を見下ろしていた。寝間着の上にガウンを羽織り、湯気の立つカップを手にしている。

 彼女は崩れた石畳へ視線を向けた。


「中庭の修復を手伝ってくれて、ありがとう。おかげで早く片付きそうだわ」


 穏やかな《声》にあるのは、純粋な探究心と同盟相手に対する敬意だ。男は視線を逸らした。


「ねえ、少しお話したいわ。こっちへ上がって来てくれないかしら?」


 手摺りから身を乗り出すようにして、レナは手を伸ばす。男は周囲を少し見回した。空間と物質の強度を計ると、助走をつけて地面と岩壁を蹴り、テラスの手摺りを掴む。物理法則を無視して、細い格子の隙間をすり抜けた。

 立ち上がり、外套が定位置にあることを確認する。


「器用ね。階段から来てくれても良かったのよ」


 そう言って微笑み、小さなテーブルに置かれた陶器の注ぎ口からカップへ、其の中身を注ぐ。彼女が朝食時に好んで飲むものとは違う香りが広がった。《声》に意識を向けると、眠りを誘う効果があるらしいと判明した。

 カップを片手に振り返る。寝間着に身を包んだ彼女の動きに合わせて裾が揺れ、流れるようなラインが透けていた。


「ハーブティーは、いかがかしら?」


 差し出されたカップを受け取ると、レナは椅子に腰掛ける。発光苔の淡い光を受けた彼女の肌は、透き通っているかのようであった。緩やかに結わえられた白銀の髪は、薄っすらと幻想的な光を放っているようにすら見える。


 カップを傾ける彼女の鼓動に耳を澄ませた。そうする内に、襟元から覗く脂肪へ視線が吸い寄せられていく。

 ロエルならば直視を避け、其の事実さえ悟らせないよう最大限の注意を払い、不自然がない視線のやり場を探すところだ。

 其処にあるのは、サハルのように強固な筋肉とも、ロエルのような未発達な体躯とも違う。溢れ出てきそうな程に豊かで、柔らかそうな脂肪の隆起。戦闘においては邪魔になりそうだ。

 重心が変わり、動きを阻害する。防御力も低い。何故そのような装飾を身に付けるのか?


「……何?」


 無遠慮な視線に気づいた彼女は、自分の胸元を見下ろす。


「もしかして、これが気になる?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべたレナは立ち上がり、華奢な体躯を見せびらかすように胸を張る。


「そう。ついに、貴方も気付いてしまったのね?」


 胸元を目立たせるように、其れへ自身の細い指先を這わせる。


「これは男を狂わせる魔性の『武器』なのよ。議会では少しだけ役に立ってもらうわ。お婆様には通用しないけれど」


 武器。其の一言で情報が繋がった。視覚情報として脳へ侵入し、判断能力を著しく鈍らせる精神干渉器。

 常に危険を予測し、先回りして避けたがるロエルが、彼女の前でだけ視線を彷徨わせる理由。あれは精神汚染を回避するための自己防衛であったのだ。


「次は貴方のお話が聞きたいわ」


 再び椅子に腰を下ろすなり促した。


「中庭の下。岩を削る音が近付いておる。人数は不確定」


 レナの瞳が為政者の光を放った。カップを置く音が静寂の中で硬質に響く。


「……そう。嗅ぎつけられたのね」


 テーブルの上で両手の指を絡ませる。


「泳がせておきましょう。水脈を埋めて塞ぐのも危険だし、ここで対処すれば、彼らは別の侵入口を探す。交代で見張りを置くわ」


 彼女は中庭の闇を見据えた。其処には、自分の命さえ盤上の駒として計算する冷たさがあった。だが、視線をロエルたちが眠る場所へ向けた瞬間、その表情が崩れる。


「あの子、以前は笑う子だったのよ。とても一途で真っ直ぐな子だった」


 過去を懐かしむレナの《声》に憂いが混じる。


「ここに着てからも心を閉ざしたまま苦しんでいる。恨んでいるでしょうね。『読書会』という楽園さえ守れなかった私を」


 悔恨を込め、手を強く握りしめた。


「お願い。どうかロエルを支えてあげて」


 此の女は狡猾だ。相手の行動理由を理解した上で、最良の結果を引き出そうとする。其れでも、ロエルを案じる《声》は、紛れもない真実の祈りだ。

 男はカップの中身を飲み干し、テーブルに空のカップを戻した。


「……大切ならば部屋に閉じ込めておけ」

「優しいのね。やっぱり少しだけロエルに似ているわ」


 大きく見開いた眼で相手を見上げるレナは口元を隠し、クスクスと笑った。



 扉から応接室を出て、廊下を歩く。音を立てないよう慎重に扉を開けると、部屋の中は微かなインクの臭いが漂っていた。

 ロエルの寝息に耳を澄ます。壁際に腰を下ろし、目蓋を閉じた。


 

今回はレベル1だ。

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