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【闇堕ち直前】主人公の色なし観察日誌2  作者: 荒屋朔市


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12/13

迷宮探偵ヒラメキの「聞き込み調査」

頑張った報酬。

それはアハ体験、カタルシスであるべき。


 翌朝、朝食の片付けをしている給仕を捕まえ、エシュが立ち去った後の椅子を指し示して尋ねた。


「食事の時、この席に座っている人について、どう思いますか?」


 彼女は食器を重ねていた手を止め、慎重に言葉を選ぶ。


「見かけに似合わず、食べ方は静かで綺麗です。それに、細やかな気配りができる方ですね」

「気配り?」


 無頓着な腰布男には似つかわしくない単語だ。


「ええ。奥様は、その日の気分や体調で、茶葉や調味料を変えられます。ですが、あの方は、それを正確に察するらしくて。奥様が手を伸ばす前に塩を差し出したり、茶のお代わりを要求したり……まるで長年連れ添った執事のようですわ」

「その、『見かけによらず』と言うのは?」


 給仕は困ったように首を傾げ、声を潜めた。


「……申し上げて良いものなのか。奇抜なお召し物を身にまとっていますでしょう? それなのに、不思議と存在感が薄いと申しますか……気配を消すのが、お上手なのかもしれません」


 彼女にとっては、エシュは「有能だが影の薄い従者」のように見えているらしい。



 昼頃にも、茶と菓子を部屋まで運んでくれた若い給仕に聞いてみた。彼女は盆を抱えたまま、夢見るように視線を少し上に彷徨わせた。

「お部屋に近づくとノックする前に、扉を開けてくれる方ですよね? あんなに真っ直ぐに見つめられてしまうと少し照れます。心の奥まで見透かされそうな綺麗な瞳なんです」

 彼女の頬が朱に染まる。

「受け取る手は丁寧で、サハル様よりもずっと紳士的……あっ、申し訳ございません。一言余計でした。ここだけのお話と言うことで……」

「外見については、どう思いますか?」

「寡黙な美丈夫、って感じですね。まるで『トリシャ姫の憂鬱』に登場するオリエール王子のよう!」


 恋愛小説に登場する男性を引き合いに出し、彼女は容姿に関して装飾過多なほど熱烈に語ってくれた。

 その小説なら僕も読んだことがある。表向きは少女向けの恋愛譚だが、勇敢な王子が三つの試練に立ち向かい、囚われの姫を救うという王道の中に、痛烈な社会風刺が込められた作品だ。彼女はその「王道」の部分をエシュに重ねているらしい。



 その後、中庭で崩落の後片付けをしていた使用人、もとい作業監督を見つけて声をかけた。


「エシュについて、どう思いますか?」


 男は手拭いで額の汗を拭いながら、ぶっきらぼうに答える。


「ああ、アイツか。大した怪力だったですな。こっちの指示には従ってくれたが、無口で無愛想な奴でしたわい」

「外見については?」


 あからさまに変な顔をされた。


「外見? デカくて筋肉質だったこと以外、覚えちゃいませんな。男の顔なんぞ、じろじろ見回すもんでもない」


 彼にとっては、便利な労働力でしかないようだ。でも、後世の育成について考える歳を迎えた彼は、その面で興味を持ったらしかった。



 部屋に戻り、三人の言葉を日誌に書き並べてみると、まるで別人の記録だ。「静寂と気配りの従者」「寡黙で幻想的な王子」「無愛想な力持ち」。繊細さ、幻想性、力強さ。三者三様の証言は、エシュという存在を一つの枠に定めることを拒んでいるかのようだ。


 屋敷の誰も彼もが、僕が見ている「赤髪の褐色肌の大男」とは違う像をそれぞれの目に映しているのかも知れない。謎は深まり、この現象をどう記すべきか、ますます困難を極めてきた。


 頭を悩ませていると、妹の声が聞こえてきた。妹はエシュの鮮やかな髪色に興味を持ったようだ。


「エシュの髪、燃えてるみたい」

「ああ。だからエシュって呼んでる」


 僕は文机に広げた紙面から目を離さずに答えた。


「……触っても、いいかな?」

「どうかな? 聞いてみたら?」


 僕はペンを置いて、扉の脇に腰掛けたエシュを見やる。癖毛に埋もれていた耳が微かに動いた。

 妹がそっと手を伸ばし、赤い髪の先端に少しだけ触れる。エシュは無言で見つめ返しているが、拒絶はしない。


「温かくない。ふつう」


 意外そうに呟き、今度は赤髪をひと房、大胆にすくい上げる。


「……きれい」


 害意のなさを知ってか、エシュはされるがままだ。やがて妹の警戒が解けた頃、エシュが妹の髪に触れようと手を伸ばした。

 気付いた途端にビクッと身を震わせた妹が、素早く手を引っ込めて後ずさる。それを見たエシュは、大きな手をゆっくりと元の位置に戻し、不思議そうに首を傾げた。それを真似て妹も首を傾げる。


 まだ距離感の学習が必要なようだ。



 夕食の後、僕は書斎に向かい、新しく書き上げた日誌を差し出した。受け取ったレナは紙面をめくり、視線を走らせる。やがて口元に柔らかな笑みを浮かべた。


「今夜も興味深いレポートね」


 満足そうに頬笑むレナの様子から、お世辞抜きの本心から出た称賛だろうと感じた。


「食堂の給仕は『従者』、茶菓子を運んできた若い給仕は『王子』、中庭の修繕を指揮した使用人は『労働者』。……見事なまでにバラバラね」


 僕は頷いた。


「観察を続けるほど、輪郭が曖昧になっていきます。この記録は、議会を説得する材料になるのでしょうか?」


 曖昧なデータなど科学的には無価値だ。それを知らないかのようにレナはカップを傾け、余裕たっぷりに答えた。


「この曖昧さこそが武器になるのよ。多様な視点が重なることで、単なる『怪物』でなく、複雑な多面性を持つ『個』へ認識させられるわ」


 エシュを『人』という枠に分類して自身が安心したいのか、『人』として扱うことでエシュが変容することを期待しているのか、どちらなのだろう?


「人は誰しも他者を自分の目を通してしか見られない。逆も然り。そうして初めて浮かび上がるものもあるのよ」


 レナの真意を測りかねながら、僕は書斎を後にした。



 部屋に戻ると、妹が自分の布団を抱えて入ってくるところだった。


「エル、お帰りなさい」


 当然のように上がり込む。エシュは定位置で片膝を立てて座っている。実質、この部屋が二人とエシュの寝室として定着しつつあった。

 奇妙な共同生活も四日目が終わる。この平穏な日々が、いつまでも続けばいい。日常とは、そんなことを考えた途端に崩れ、永遠に失われるものだ。


 

しかし、謎は深まるばかりであった。

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