僕には友達がいない
あえて言おう、ボッチであると。
温かな広間全体の空気が、一瞬にして凍りついたように静まり返った。
彼女は、どこか哀しそうな目で僕を見ていた。大抵の大人なら間髪も入れず説得を試みて、服従させようとする。おそらく彼女は僕の意見を噛み締めた上で、かけるべき言葉を探しているのだろう。
壊れたものを哀れむような目で見られるよりは、ずっとマシだ。彼女は覚えているのだろう。
隣にいるエシュは関心がないのか、一心に耳を傾けているのか、身動ぎもしない。
なぜ、あんなことが言えるのか。芽生えかけていたかもしれない絆を自ら断ち切るような愚行を犯すのか。僕の人生を一冊の本にしたためて読む者が存在すれば、そんな疑問を投げかけ、罵倒するに違いない。友情や絆などと呼ばれるものが、生きる上で何の助けになる?
僕は、あの日の記憶に蓋なんかしていない。
◆
あの日、読書会の空気は、いつにも増してザワザワしていたかも知れない。主催者が顔を見せるまで、僕は耳を塞ぐようにして本を読み進めた。
「今日は将来の夢の発表会です。考えて来てくれたかしら?」
主催者の発言を聞いて愕然とした。面倒臭がってイベントの日だけは避けてきたのに、本の続きが気になるあまり、忘れていた。
皆が机を部屋の隅に移動させ、椅子を向かい合う形の輪になるよう並べていく。自分の椅子を持って迷う間に、他の子たちは慣れた様子でテキパキと行動していた。
ミシャの隣に座りたい子が三人以上いて、少し揉めた他は速やかだった。
準備が整うと、悪夢のような時間は始まった。一人ずつ、その場で立ち上がり、発表していく。
それが当たり前と言うように迷いがなく、 どこか誇らしげだ。僕は羨ましいような後ろめたいような気持ちになった。本の続きが気になるけれど、今すぐ逃げ出したい。
向かいの席でミシャが見ていた。
順番が近づくと、心臓が音を立て始める。汗ばむ手の平を服で拭った。
「次は、片割れちゃんね」
すっかり定着したアダ名で呼ばれ、僕は立ち上がる。視線が集まった。
「上手に話そうと思わなくても良いの。ゆっくり、自分のペースで良いのよ?」
一度は口を開きかけて閉ざす。発表した後のことが気になって、僕は何も言えなかった。
「……ごめんなさい。まだ決められません」
主催者は少し驚いたように瞬きしたけれど、すぐに柔らかい笑みを浮かべて頷いた。
「そう? それなら、お話をしっかり聞いて行ってね。何か見つかるかも知れないわ。見つけたら、いつでも聞かせて」
僕が席に座ると、ミシャの隣で女の子たちがクスクスと笑っていた。
発表会が終わった帰り道を僕は独りで歩いていた。
「みんな、いろんな夢もってるね。キノコのパン屋さん、大工さん、歌手に舞台女優、野菜を育てる人とか」
背後から聞こえてきたのはミシャの声だった。追いかけて来たらしい。
「……うん。そうだね」
無視されたと思わせないために、僕は頷きながら、それだけ答えた。
「ねえ。やりたいこと本当にないの? 本を読む以外に」
顔を覗き込むようにして、ミシャは尋ねてくる。僕は顔を逸らした。
「あの子たち、そんな話をして笑ってた」
素っ気ない声だった。ミシャを責める気なんてなかったのに……。
「聞こえちゃってたんだ。ゴメンね。たぶん、悪気はないと思うの」
「別に怒ってないよ。本を読んでばかりで喋らないし、友達もいないからでしょ? 僕は気にしない」
「えっ!? 友だち、いないの? 一人も?」
ミシャが驚いたように大げさな演技をする。僕は溜め息を吐いて流した。
当然のように囲まれているミシャには、珍しいのかもしれない。バカにされている可能性も疑ったけど、構わず進む。でも、黙り込んで足を止めたミシャが気になって振り返る。
「友だちじゃないの? とっくに友だちだと思ってたのに」
そんな言葉を投げられ、首を傾げた。それを見たミシャは、にっこりと笑顔を取り戻す。
「絵を描くのも好きでしょ? 今度でいいから将来の夢、あたしにも教えてね」
そう言い残すと、ミシャは来た道を走って引き返した。
今度は訪れなかった。
次の読書会開催日、知らせを受けた読書会の部屋は、嗚咽と涙に沈んだ。子供ばかりを狙って襲いかかる通り魔に遭遇したらしい。僕だけが取り残されたみたいに押し黙って、平然と本を広げていた。
誰からも好かれる彼女の存在を疎んだ同族の陰謀にかかり、実家を継ぎ街の住民を笑顔にしたいという夢は、永遠に絶たれたのだ。
そんな噂を親類から聞いたのは、随分後のことだった。
◆
あの日に僕が学んだのは、異種族を相手に心を通わせることの危険性。直接の原因が僕ではなかったとしても、関わらなければ避けられたかも知れない。
それよりも前に僕が学んでいたのは、大きな夢を語れば嘲笑われること。他者に心を許せば、失った時や裏切られた時の痛みが増すこと。
大切に思えば思うほど弱点になる。価値あるものを弱者が保有し続けるなど決して叶わない。泣き縋っても理不尽に奪われ、恨んでも憎んでも後悔に苛まれるだけ。
エシュとの間に、「夢」や「友情」などという脆く不確かな幻想を持ち込まない。純然な利害関係だけで必要十分だ。二度と間違いを引き起こさないために。
出会って以後、「契約」を交わした覚えもない。互いに利用し合う以外の関係はないのだから、僕は何も裏切ってなどいない。
もう少し隠しておくのも手だと思うのですが、開始から重いのをブチかましても大丈夫だって、第一助手が……。




