第6話 呼び出し
別に、一緒に昼食を取っているわけではない。
それでも隣に音洲さんがいるおかげで、不思議と楽しい気持ちにさせられる。
そんな、自然と周囲の人を和ませるような天性の才能。
それがきっと、音洲さんが人気たる所以なのだろう。
そんな納得を一人抱きつつ、弁当を食べ終えた俺は重たい腰を上げる。
――さて、そろそろか。
俺は教室を出ると、一人ある場所へと向かう。
理由は、呼び出しを受けたからである――。
それは、午前中の休み時間。
教室を出ると、面識のない恐らく下級生の女子が慌てて声をかけてきた。
どうやら俺が教室から出てくるのを待っていたようで、彼女は恥ずかしそうに手紙だけ俺に渡すと、足早に去って行ってしまった。
ハート型のシールで封をされた、いかにも女の子らしい可愛い封筒。
それが何を意味するのかなんて、俺だって分かっている。
俺はそのままトイレへ向かうと、周囲にバレないよう個室の中でその手紙の内容を確認する。
『今日のお昼休み、12:30に体育館裏で待っています』
自分の名前とともに、用件のみ書かれたシンプルな内容だった。
ただ呼び出すためだけならば、別にノートの切れ端でも構わない。
それでも、こうして可愛らしい手紙を用意してくれている分、彼女の本気度が伝わってくる。
「……はぁ」
思わず、重たい溜息が漏れてしまう。
彼女の本気度が伝わってきた分、自分がこれから取る行動に気が引けてしまうのだ……。
きっとさっきの子も、悪い子ではないのだろう。
可愛かったと思うし、あの一瞬でも真剣に向き合おうとしてくれていることが伝わってきた。
……それでも俺は、その思いに応えることはできない。
だって俺には、誰とも付き合わないという自分ルールが存在するから。
でも理由は、それだけじゃなかった。
というか、もう一つの理由の方が決定的と言えるだろう。
俺は誰かに対して、恋をするということがよく分からないのだ――。
そんな状態で、誰かの気持ちを受け止める資格なんて俺にはない。
仮に告白をOKしたところで、きっとお互い不幸になるに違いないのだから……。
それが分かっているからこそ、俺は常に人との距離を保ってきたわけだが、こうして踏み越えられることはこれまでも度々あった。
その都度俺は、誰かの気持ちを傷つけ続けてきたのである。
そしてまた、今日もこれから傷つけなければならない。
それが分かっている俺は、再び重たい溜息を漏らすのであった――。
◇
「……分かりました。私、ずっと先輩に憧れていたんです。だから、その、えっと……今日はわざわざ来ていただき、ありがとうございました」
傷ついた笑みを浮かべながら、彼女は足早に去っていく。
そんな彼女の後姿を、俺はただ立ち尽くし見送ることしかできなかった……。
「……ああ、くそ」
校舎裏の、人気のない場所。
一人きりになったところで、やり場のない憤りが込み上げてくる。
手紙で呼び出され、予想通り相手からの告白を受けた。
そして俺は、その気持ちと向き合ったうえでお断りをした。
彼女もきっと、最初から結果は分かっていたのだと思う。
だけどそのうえで、彼女は僅かな希望を抱き告白をしてくれたのだ。
その気持ちを思うと、また心がチクチクと痛み出す。
もうこれ以上、こんな気持ちは味わいたくはない……。
「……はぁ、戻るか」
どれだけ後味が悪くても、もう結果は変えられない。
だからもう、気持ちを切り替えるしかないのだと自分に言い聞かせながら、自分の教室へ戻ろうとしたその時だった――。
「……ごめんなさい」
校舎へ戻る渡り廊下の近くで、別の誰かの声が聞こえてくる。
「うん……答えてくれてありがとう。じゃあね」
続けて聞こえてくるのは、男の声。
その会話はまるで、さっきの自分達と重なっているように思えた――。
まさか、同じ日に似たような場所で同じことをしている人がいるのだろうか……?
もしかしたら、この学校全体が色恋沙汰に活発なのかもしれないな。
それなら、さっきの件も別にどうでも……良くはならないから、困ったものだ。
とりあえず、こういうのは誰かに見られて良いものでもないだろう。
そう思った俺は、声のする方にバレないよう足早に立ち去ろうとするが、曲がり角の向こう側から現れた相手とぶつかりそうになってしまう。
「「……え?」」
……驚きの声がシンクロする。
何故ならそこには、今日知り合ったばかりの相手がいたからだ……。
「音洲、さん……?」
目の前の人物を確かめるように声をかけると、目の前の相手は気まずそうに頷く。
つまりこの目の前の人物は、今日から隣の席になった音洲さんで間違いないということ。
そして状況から察するに、先ほど聞こえてきてしまった声は音洲さんのものであったのだろう……。
……だめだ、気まずい。
こういう時、どう声をかけたら良いのか全く分からない。
会話の続きを模索している間も、音洲さんは自嘲気味な笑みを浮かべている。
教室にいた時は、あんなに元気で活発だった音洲さん。
だから今の音洲さんは、何ていうか俺の中で解釈不一致だった――。
でも、そうなってしまう理由だけは、俺が一番よく分かってあげられるのだと思う。
だって今の音洲さんは、今の俺と全く同じだから――。
だから俺は、何も言わず隣をゆっくりと歩く。
この感情に、誰かの慰めも同意も不要。
ただそっとしておいて貰えることが、何より有難いことだと俺は知っているから。
「……わたし、よく分からないんだ」
隣を歩く音洲さんが、しばしの沈黙のあと小さく言葉を漏らす。
「分からない?」
「うん、その……恋愛とか、そういうのが……」
「ああ、うん……」
音洲さんのその言葉に、俺はただ頷くことしかできなかった。
もしもその答えが見つかった時、俺も音洲さんも今とは違う場所にいるのだろうか。
それからまた暫く、沈黙が続いたところで音洲さんは足を止める。
「あの……南光くんは今、お、お付き合いされてる方とかいるんですか?」
そして音洲さんは、あまりにも予想外な質問をしてくるのであった。
あまりにも急すぎるその質問に、思わず俺も取り乱してしまう。
「えっ? い、いや、いないよ?」
「そ、そうだったの!?」
「そうだよ」
「そうなんだっ!」
少し狼狽える俺と、驚く音洲さん。
というか、そんなに俺に相手がいないことが意外だったのだろうか?
そのオーバーとも言えるリアクションの理由が、純粋に気になってきてしまう。
……というか、それを言うなら音洲さんの方こそどうなんだろう。
「そういう音洲さんこそ、付き合ってる相手はいないの?」
「え、わわわ、わたしぃ!? い、いない! いないですっ!!」
ブンブンと手を振りながら、言葉だけでなく全身で全否定する音洲さん。
ついさきほど、恋愛が分からないと口にしていたのだ。
そんな音洲さんに、相手がいる方が不自然な話だ。
「そっか、変なこと聞いてごめんね」
「う、ううん! 最初に聞いたのわたしだし!」
「じゃ、おあいこってことで」
音洲さんと向き合いながら、自然と自分の頬が緩んでいることに気付く。
やっぱり音洲さんが相手だと、今みたいに不思議と和んでしまうのだ。
さっきまで胸に渦巻いていたモヤモヤも、今だけはどこかへ消え去ってしまっている。
これもきっと、音洲さんの魅力が為せる業なのだろう。
相手を絶対に落とす、音洲さん――。
音洲さんのことを知れば知るほど、その二つ名の意味も頷けてしまう。
「……でも、良かったな」
「良かった?」
「うん、南光くんに彼女がいないって分かって……あっ! そ、その! 今のは別に、変な意味とかじゃないよ!?」
さっきよりもバタバタしながら、慌てて取り繕う音洲さん。
そんな慌てる音洲さんもおかしくて、思わず俺は笑いが漏れてしまう。
「あ!? 今笑った!?」
「ごめん、くくっ」
「もうっ! 違うんだってば! 私はただ!」
「ただ?」
「……その、嬉しかったんだ。今日話してみて、南光くんって、もしかしたら私とちょっと似てるかもなって思えて……親近感的な?」
恥ずかしそうに、さっきの言葉の理由を教えてくれる音洲さん。
その理由は、俺の中でもストンと腑に落ちた。
何故なら俺も、音洲さんに対して全く同じことを感じているからだ。
「そうだね、俺と音洲さん、意外と似た者同士なのかもね」
「そうだよねっ!? やっぱり似てるよねっ!?」
「うん、だから似た者同士、これからよろしくね」
「うんっ! こちらこそっ!」
満面の笑みで、嬉しそうに笑い返してくれる音洲さん。
音洲さんが自分と同じことを感じてくれていたことが、俺も純粋に嬉しかった。
周囲には、ほこたてと言われる俺と音洲さん。
でも俺達は、互いに認め合う似た者同士であることは、まだ二人しか知らないのであった。




