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第5話 昼休み

 午前中の授業が全て終わり、今は昼休み。

 一年の頃はクラスの男子達と弁当を食べていたが、二年からはクラスはバラバラ。

 だから今日のところは自席で弁当を食べることにしたのだが、俺はどうしても隣の席のことが気になってしまう。


 それは今に限らず、さっきの授業中だってそうだ。

 隣の席から、何やらカタカタとペンの落ちる音が聞こえてきたのである。


 最初は全く気にならなかったものの、何度か聞こえてくるその音に異変を感じた俺は、そっと隣の席へと視線を向けた。

 すると隣の席の音洲さんが、何故かペン回しにチャレンジしていたのである。


 二年生に上がっての初日。授業そっちのけでいきなりのペン回しである。

 こう言っちゃなんだが、音洲さんが可愛いという話はこれまで何度も耳にしたものの、勉強が得意という話は一度も聞いた覚えがない……。


 先生が黒板へ授業の内容を書き進めているというのに、音洲さんはノートに写したりしなくて大丈夫なのだろうか……?

 はっきり言って、ペン回しをしている場合ではないだろうと、俺は色んな意味で音洲さんのことが気になりだしてしまう。


 更に問題なのは、そのペン回しだ。

 何度やっても、二回転し損ねては手から落ち続けるペン。

 一向に成功しないそのペン回しに、音洲さんも段々とムキになってきているのが分かった。


 たしかに、気持ちは分かる。

 たった一度成功すれば満足できることが、中々成功しないじれったさ。

 きっと音洲さんだって分かっているのだ。

 今はペン回しなんかしている場合ではないということを――。


 しかし、そのたった一回のペン回しが成功しない。

 見ている俺まで、段々じれったくなってきてしまう。


 カランカランと、手から落ち続けるペン。

 どうやら音洲さんが落とすのは、恋だけではないようだ。


 それから、何分経過しただろうか。

 ついに、その瞬間が訪れる――。


 音洲さんの弾いたペンが、手の上でくるくると二回転し、まるで吸い寄せられるようにまた元の位置へと収まったのである。


 急に訪れたその成功に、キラキラとした眼差しで自分の手元を見つめている音洲さん。

 隣で見ていた俺までも、その成功に謎の達成感を感じてしまう――。


 これでやっと、音洲さんも呪縛から解放される。

 そう安堵した、その時だった――。


 音洲さんは、利き腕の右手に持っていたペンを、今度は左手に持ち替えたのである。


 ――いや、それは……!


 思わず声をかけそうになるが、今はまだ授業中。

 ぐっと堪えた俺は、今まさに死地へと足を踏み出そうとする音洲さんを止めることができなかった――。


 カラン、カラン――。


 再び隣の席から聞こえてくる、虚しくもペンが机に転がる音。

 段々と悲壮感も帯びてきて、このゲームの無慈悲さを物語っていた。


 だがそれも仕方のないこと。

 利き手であれだけ苦戦したのだから、逆の手で上手くいくはずもない――。


 それでも音洲さんは諦めなかった。

 無理だと分かっていても、飽くなき挑戦は止まらない――。


 結局音洲さんは、授業が終わるまでペン回しに成功することはなかった。

 けれども最後まで諦めなかった音洲さんの強い信念だけは、認めざるを得ない。

 結局俺も、途中から授業に集中することができなくなり、音洲さんのことが気になって仕方なくなってしまっていたのである。


 ……そんな午前を挟んで、今はようやく昼休み。

 俺と同じく、自席でお弁当箱を机に取り出した音洲さん。

 もうさっきのペン回しの失敗は忘れたのか、それはもうご機嫌な様子で弁当箱の包みを解いている。


「ふんふんふ~ん♪ 今日はチキチキ~♪」


 ……チキチキとは何だろうか? 謎の鼻歌までセットだ。

 それだけ、今日のお弁当を楽しみにしていたのだろう。

 たしかに春休み中は、弁当を食べる機会もなかっただろうから楽しみな気持ちは分からないでもない。

 無邪気な子供のようにご機嫌な音洲さんの様子に、見ているこちらまでほんわかとした気持ちにさせられる。


 しかし、その時だった。

 そんなご機嫌な音洲さんに、アクシデントが発生する――。



 グウゥゥゥゥー。



 隣から聞こえてくる、割と大き目な腹の虫の音――。

 幸い他のみんなには聞かれていないようだが、隣に座る俺の耳にははっきりと聞こえてしまった。


「……き、聞こえた?」

「……ああ、うん。ごめん……」

「ぐっ……死にたい……」


 腹の虫の音を聞かれてしまったのが、相当恥ずかしかったのだろう。

 顔を真っ赤にしながら、恨めしそうに自分のお腹を摩る音洲さん。


 まぁ女の子だし気持ちは分かるが、生理現象なのだから仕方ないだろう。

 しかし、このまま無言でいるのも気まずいと思った俺は、自分のお腹を擦りながら声をかけることにした。


「……えっと、実は俺もさっきの授業中から、お腹が鳴りっぱなしだったんだよね」

「ふぇ? そ、そうだったの!?」

「うん、聞こえなかった?」

「聞こえなかったよ!」

「あはは、なら良かった。まぁ、お互いお腹空いてるわけだし食べようか」

「うん! 食べましょう!」


 もちろん、俺もお腹が鳴っていたという話は嘘である。

 仮に本当に鳴っていたとしても、ペン回しに夢中だった音洲さんが気付くはずもない。

 俺の言葉を信じてくれた音洲さんは、すっかり機嫌を取り戻してくれている。


 そんなこんなで機嫌を取り戻した音洲さんは、自分のお弁当の蓋を開くと、真っ先にチキチキボーンを箸で摘まみパクリと口へ運ぶ。

 そして余程美味しかったのか、頬に手を当てながら恍惚の表情を浮かべる。


 そんな音洲さんの姿に気付いたクラスの男子達も、自分の箸を止めてその姿に見惚れているのが分かった。


 ――す、凄いな……。


 その光景を前に、俺は素直に感心する。

 みんな一度は食べたことがあるであろうお馴染みの味で、彼女はこんなにも人を引き寄せてしまう幸せそうな表情を浮かべられるのである。

 このまま音洲さんには、テレビ番組でグルメリポーターをやって欲しいぐらいだ。

 容姿も優れているし、将来は女子アナとか向いているのではないだろうか――?


 なんて、勝手に音洲さんの将来像を考えながら、俺も弁当箱の蓋を開ける。

 すると、今日は俺の弁当にもまさかのチキチキボーンが入っていた。


 だから何となく、俺も一番最初にチキチキボーンを一口食べてみる。

 安心安全の、食べ慣れたいつもの味。

 けれど音洲さんのおかげで、その食べなれた味も何だか普段より美味しく感じられるのであった。



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