第4話 休憩時間
ホームルームが終わる。
つまり今は、このクラスになって初の休憩時間。
となれば、当然のように俺の席へと集まってくるクラスの女子達――。
「わぁー、南光くんと同じクラスになれてマジラッキー!」
「そうそう、マジついてるよねー!」
「ま、わたしは一年の時から同じだけどね!」
俺の席を取り囲むように、楽しそうに騒ぎだす女子達。
そんな女子達のことを、俺も別に拒んだりはしない。
これから一年間、彼女達とはこの同じ教室で過ごさなければならないから。
それに彼女達だって、ただ純粋に好意を向けてくれているだけなのだ。
だから俺も、その一方的に向けられる会話にも笑みを浮かべながらこの場をやり過ごす。
今となっては、こういう状況もすっかり慣れたもの。
これも人気者の務めみたいなものだと、いつも通り自分を納得させる。
ただ、それでも注意しなければならないこともある。
それは、彼女達に対してあまり近づき過ぎないことだ。
変に勘違いされると、相手に要らぬ期待をさせてしまうから。
実際、過去にもあったのだ。
少し親密になった相手から、強い好意を向けられることが――。
その結果、過去にも何度か女の子からの告白を受け、その都度相手を悲しませてしまってきた。
誰かと付き合うことはできないが、だからといって女の子を悲しませたいわけではないのだから……。
だから俺は、常に注意を払いながら適切な距離を保つ。
相手を勘違いさせないように、かつ相手を邪険に扱ってはしまわぬように、言わば自分はアイドルのような存在なのだと思いながら偽りの自分を演じる。
だから今も、そろそろ頃合いだろう。
ずっとこうして相手をしてしまうと、ただのクラスメイトというバランスが崩れる原因に成り兼ねない――。
そう思った俺は、会話が少し途切れたところを狙いすっと席を立ち上がる。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるよ」
「ご、ごめんね! わたし、ちょっとお手洗い行ってくるね!」
必殺、『ごめん、トイレ行ってくる』発動――!
この生理現象を理由にした立ち去り文句に、食い下がってくる人物はほとんどいない事を俺は知っている。
だから今回も、これでトイレへ避難してしまえば一人の時間を確保できる。
そう思い声を発したのだが、自分の言葉と重なるように近くから同じような言葉が聞こえてくる――。
驚いて声のする方を振り向くと、そこには同じく驚いた表情を浮かべる音洲さんの姿が待っていた。
そして音洲さんの周りには、数名の男子達の姿――。
図らずも、見事にシンクロしてしまった俺達。
それが何だか可笑しくて、俺達はシンクロし合うようにお互いに笑みを堪え合う。
「あれ? もしかして、音洲さんもトイレ?」
「うん、南光くんも?」
「偶然だね。じゃあ、向かう先は同じだし一緒に行こうか」
『難攻不落』と『絶対に落とす』――。
その言葉だけ取れば、正反対に位置する俺達。
でももしかしたら、俺と音洲さんは似た者同士なのかもしれない。
この学校……というか、これまでの人生において、そんな風に思える相手なんていただろうか? ――いや、いない。
だからこそ、嬉しかったのだ。
故に普段なら絶対に口にしない、「一緒に行こう」なんてワードまで口にしてしまった。
それでも、音洲さんが相手なら不思議と不安はなかった。
同じ境遇の彼女なら、性別の垣根をこえた仲間意識みたいなものが芽生えているから。
だから俺は、初めて異性に対して興味を抱く。
音洲さんのことを、もっと知ってみたいと思っている自分が確かにいた。
音洲さんは、照れくさそうにしながらも拒んだりはしなかった。
別に俺達はこれから、ただ同じ目的地であるトイレへと向かうだけ。
でもそれは、避難するためという同じ目的を抱いている。
言葉にせずとも、きっと音洲さんも同じだと分かっているのだろう。
お互いに似た者同士だと思えることが、素直に嬉しいのだ。
そんな納得とともに、俺は音洲さんと並び他愛のない会話を楽しみながらゆっくりとトイレへと向かうのであった。




