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第3話 自己紹介

 新しいクラスでの、初めてのホームルーム。

 とは言っても、一年生の時のような回りくどい説明はなく、新たな担任の先生の話のあと、さっそくクラスのみんなでの自己紹介が始まる。


 席はランダムに決められており、窓際の列の黒板に近い方から順番に自己紹介が始まる。


 ちなみに俺の席はというと、その窓際の列の一番後ろ。

 だからあっという間に自分の順番が回ってきてしまったため、俺もみんなに倣って仕方なく席を立ち上がった。


「あー、えっと、南光輝です。よろしくお願いします」


 何の情報も添えない、不愛想で退屈な自己紹介。

 特にアピールしたいこともなければ、みんなに伝えたい情報もないのだから仕方ないだろう。


 でもそれが、逆にみんなの笑いを誘う。

 それで終わりかよというクラスメイトからのツッコミを皮切りに、教室内は笑いに包まれる。

 全く狙ってはいないのだがこれも結果オーライかなと、俺も思わぬ成功に満足をしながら着席する。


 しかし、着席してからすぐに気が付く。

 隣の席の音洲さんだけは、他のクラスメイトと反応が違うということに――。


 身体をこちらへ向けた音洲さんが、嬉しそうに「ぱちぱちぱち~」と小声で擬音を口にしながら小さく拍手をしてくれているのだ。


 一切の打算も感じられない、その純粋かつ天然な振る舞い。

 そんな音洲さんを前に、俺は改めて納得させられる。


 これが、絶対に落とすと言われている所以なのだと――。


 ……だが、それだけだ。

 たしかに可愛いと思ってしまったのは認めるが、だからと言って別に恋には落ちないだろと、すぐに冷めた感情が込み上げてくる。


 やっぱり自分は、相当に拗らせてしまっているのだと思う。

 そんな俺に付いてしまった二つ名は、難攻不落。

 自分でも否定はできない、音洲さんとは対を成す厄介な存在。


 自己紹介の順番は巡り、あっという間に隣の席の音洲さんの順番が回ってくる。

 彼女はすっと立ち上がると、緊張した様子でキョロキョロと周囲を見回す。

 そして、胸元を押さえながらスーと大きく息を吸い込んでから口を開く――。



「え、えっとぉ! お、おおお、音洲姫花ですっ! それから、えっと! す、すす、好きな食べ物はメロン! メロンです! よろしくお願いしますっ!!」



 誰よりもガチガチに緊張しながら、最後にガバッと勢いよく頭を下げる音洲さん。

 そんな彼女の自己紹介を受けて、教室内は何ともいえないほんわかとした空気に包まれていく――。


 みんな顔に「かわいい」と書いてあるようで、男女問わずほわーんと音洲さんの姿に見惚れているのが分かった。

 しかし当の本人は、やっぱり恥ずかしかったのだろう。

 何故か隣の席の俺に向かって、「えへへ」と恥ずかしそうに微笑みかけてくるのであった。


 その仕草もたしかに可愛くて、完全に不意を突かれた俺は咄嗟に前を向いて目を逸らしてしまった。

 勘違いして欲しくないのは、これは別に彼女が苦手なわけでなければ、彼女から逃げているわけでもない。

 ただちょっと、今日が初対面の女子と目を合わすというのが単純にちょっと恥ずかしかっただけだ……。


 普段女子達に囲まれているのに、意外と思われるかもしれない。

 でも俺という人間は、女子からモテはしてもコミュ力に長けているわけではないのだ。

 いつも受け身だからこそ、上っ面の対応をしてきただけに過ぎないのだから。


 いつも人との距離を保つことで、当たり障りのない上辺だけの付き合いで回避する。

 そうして俺は、今日まで誤魔化しながら対処してきたのだ。


 ……しかし、たまに現れるのだ。

 こうして俺の引いた線を踏み越えてくる相手が。


 だから俺は、自己防衛に努める。

 音洲さんには申し訳ないけれど、こちらからシャットアウトしてしまえば済むのことだと知っているから。


 幸い、音洲さんは次の自己紹介の相手にも興味津々な様子で、俺の反応なんて全く気にはしてはいないご様子。

 だから俺も、ホッと安堵するとともに平常心を取り戻す。


 けれども、俺は落ち着きとともにあることが引っかかってしまう。

 それは、さっきの音洲さんの自己紹介の中にある。


 クラスのみんなは気付いていない、恐らく俺だけが気付くことのできるある違和感――。


 それは――彼女の好きな食べ物だ。


 他のみんなも、自分の趣味を交えて自己紹介をしていたから、別に好きな食べ物を語ること自体は何の問題もない。


 けれども音洲さんは、好きな食べ物は『メロン』と答えたのだ。

 二人での自己紹介の時は、『イチゴ』と言っていたにも関わらず――。


 ……まぁ、別に好きな食べ物が複数あったっていい。

 イチゴだけでなく、メロンも好き。ただそれだけの話だ。


 しかし、俺はそんな音洲さんの事がどうしても気になりだしてしまう。

 もしや聞く度に、違う果物の名前が出てくるんじゃなかろうかという謎の期待まで抱きつつ、俺はバレないようにちらりと隣の席に視線を向けてみる。


 今もみんなの自己紹介を、興味津々な様子で聞いている音洲さん。

 そんな彼女の机の上には、ぶどう柄の可愛らしい筆箱が置かれている。

 そして筆箱のジップのつまみのところには、何故かみかんのキーホルダー。


 ――なるほど、音洲さんはフルーツ全般が好きなんだな。


 うん、分かるよ。フルーツ美味しいもんね。

 果物の海の中で、幸せそうに横たわる音洲さんの姿が脳内に浮かんでくる。


 気付けば俺は、せっかくのみんなの自己紹介よりも、音洲さんの事が気になって仕方なくなってしまっているのであった。





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