第28話 解散
「じゃ、今日はお疲れさん~」
「また学校でねー!」
何だか色々あったけれど、無事に勉強会を終え解散となる。
光雄と小山さんは同じ方角のため、図書館を出たところで別れた。
つまりここからの帰り道、音洲さんと二人きりとなる。
とは言っても、駅までの短い距離。
少し歩けば、すぐに音洲さんともさようならだ。
「今日はその、ありがとね」
「俺だって勉強したかったし、こちらこそだよ」
「そっか、えへへ」
嬉しそうに、隣で微笑む音洲さん。
オレンジの夕陽に照らされたその表情に、俺は一瞬ドキッとさせられる。
絶対に落とす、音洲さん――。
彼女が学校でそう呼ばれる所以が、この何気ない仕草一つにも詰まっている。
――俺も油断したら、恋に落ちたりするのだろうか。
歩きながら、ふとそんな事を考えてみる。
そもそも俺には、自分に課したルールが存在するため、学生のうちは誰かと恋愛するつもりがない。
……けれどそれは、俺自身がまだ恋愛というものを理解できていないから言える事なのだろうか。
恋は盲目――。
そんな言葉が存在するように、時に恋とは人の理性すらも失わせてしまうものらしい。
故に俺も、もし恋に落ちたらルールを見失ってしまうのかもしれない。
それは本来、絶対にあってはならないこと。
モデル活動もしている以上、もう自分だけの問題ではないからだ。
……でも、本当にそうなのだろうかとも思う。
同じモデル仲間にも、恋愛を楽しんでいる人はいるからだ。
その人達がモデルとして何か問題を抱えているのかと言えば、そんな事はない。
それに学校やプライベートでも、何かトラブルを抱えているような話も聞かないのだ。
もしかしたら、自分が考えすぎなだけでは……?
音洲さんとなら、俺にだって恋愛ができるのかも……?
そんな考えが頭を過った瞬間、俺はその思考を放棄する。
何を変な事を考えているのだと――。
俺と音洲さんは、みんなから矛と盾だと言われてきた。
だから知り合うまでは、俺自身も真逆の存在だと思っていた。
でも実際は、共通点の多い似た者同士なのだ。
これまで知り合ってきた異性の中でも、そう思えた相手に出会えたのは生まれて初めてのこと。
こんなにも、自分と境遇や価値観が似ている相手がいるとは思いもしなかった。
だからこそ俺は、純粋に嬉しいのだ。
今だって俺は、舞い上がっているのだと思う。
音洲さんといると、いつも楽しい――。
何か特別なことなんてなくても、こうして一緒に歩いているだけでそう感じている自分がいる。
だから今は、友達としてこれからもこの関係を大切にしたいのだ――。
「楽しかったなぁ……」
夕焼け色に染まる空を見上げながら、音洲さんは小さく声を漏らす。
今日は一日勉強をしてきたはずなのに、俺も同じ気持ちだった。
「これでもう、音洲さんもテストは大丈夫かな?」
「そ、それはえっと……もっと、頑張ります……」
「あはは、そうだね」
「あ、笑った!」
「ごめんごめん、俺も頑張らないと」
「そうだよ! 次のテスト、南光くんだって抜いちゃうんだからねっ!」
そう言って、自信ありげに胸を張る音洲さん。
であれば俺も、この勝負負けるわけにはいかないな。
だって俺と音洲さんは、全校生徒が注目する矛と盾のライバルだから。
そんな他愛のない会話を楽しんでいると、あっという間に駅へと到着してしまう。
俺は歩きで、音洲さんは電車。
故に改札口の前で、今日はお別れとなる。
「それじゃ、今日はありがとね」
「こちらこそ、また学校で」
「うん! 学校で!」
小さく手を振り合い、音洲さんと別れる。
去り際のその表情は、今日という一日に満足しているように見えた。
鏡で確認はできないが、きっと俺も同じ表情をしている気がする。
こうして音洲さんとも別れ、俺も一人家路につく。
駅前の飲食店の看板には明かりが灯り、これから夜の始まりが感じられる。
今年俺は、高校二年生になった。
まだ高校生だし、正直自分のことはまだ大人ではなく子供だと思っている。
しかし、高校を卒業すれば社会に出る人だっているのだ。
そう考えると、残された時間はあと二年もない。
つまりは、まだ二年生ではなく、もう二年生なのだ。
大人になるとはどういう事なのか、今の俺にはまだ正直分からない。
だからこそ、これからの過ごし方も考えなければならない。
大人になるって、そもそもどういう事なのだろう。
自立して、お金を稼ぐこと?
それなら既に、モデル活動で一定の収入を得ている俺も大人ということになってしまう。
だからきっと、間違ってはいなくとも、それだけではないのだろう。
じゃあ今の俺に、足りていないものは何か……。
地位、名声、学力に人脈、あとはそう――恋愛。
――これは、考え直す必要があるのかもしれないな。
自分に課しているルール。
それは、言ってしまえば守るも破るも自分次第。
しかし当然、ルールにはそれぞれ理由があるし、俺はこれからも破るつもりなんてない。
でも、そのルールの中身については別だ。
本当に守るべきモノが変わるのであれば、ルールも見直されて然るべきなのである。
大人はよく、『それができるのは、学生のうちだけだよ』と口にする。
これまでの自分だったら、そんな事無いだろうと鼻で笑ってきた。
俺が自分ルールを守り続けているように、何事も自分次第だと思っているからだ。
それでも今は、何となくその言葉の意味が分かってきた自分がいる。
歳を重ね、高校生でいられる残り時間が短くなるにつれて、『今』しかできない事は確かに存在すると思えるからだ。
後悔は必ず、先には立たない。
それはこれまでの人生でも、何度も味わってきたこと。
だから俺も、ずっと守ってきた自分ルールを改める事にした。
恋愛は、したくなったら別にすれば良い、と――。




