第27話 ギクシャク
図書館へ戻った俺達は、テスト勉強を再開した。
ファミレスではアクシデントもあったが、無事何事もなく済んで本当に良かった。
別に喧嘩なんてするつもりはなかったけれど、正直あの場では覚悟もしていた。
自分のためではなく、音洲さんの安全がかかっていたからだ。
けれど、たまたま存在しない読者モデルを自称する奴だったおかげで、こちらが何もせずとも主従関係が生まれたのは幸いだった。
喧嘩にもならず、音洲さんへの危害もなく。
まぁ決して良くはないのだけれど、そのうえで最善の結果が得られたとは思う。
……だというのに、俺は現在とある異変に困っている。
前を向けば、そこには午前中と変わらず勉強と向き合っている音洲さんの姿。
「ねぇ恵、ここの問題だけど――」
「どれどれ、これはここがポイントでねぇ――」
「わぁ! そっか、ありがとう!」
そして問題に躓くと、隣に座る小山さんに聞いて解決をする。
戻ってきてから、ずっとこれの繰り返しなのである。
別にそれ自体、どうということはない。
午前中もそうだったし、別に何も変わっていないとも言える。
では、何が異変なのか――。
それはここへ来て、まだ一度も音洲さんと目が合っていないのである――。
音洲さんの振る舞いは、一見すると普通そのもの。
だけど前に座る俺と目が合った瞬間、すぐに視線を外されてしまうのだ。
今も視線が合ったのに、まるで逃げ出すように教科書へ目を落としてしまう。
明らかに、よそよそしくなっているよな……。
けれど四人での会話には、普通に加わり笑ったりもしている。
まぁファミレスでのひと悶着もあったのだ、音洲さんにも何か思うところがあるのかもしれない。
そう思えば仕方ないことだと納得もできるのだが、気になるものは気になってしまう……。
しかし、そんなこと直接本人には聞けないし、異変に気づいていることを悟られるのも気まずい。
それに今は、勉強の時間。
俺だって次のテストでは順位を上げたいし、もっと勉強に集中しないといけない。
そう思い気を引き締め直したのだが……。
「よし、ちょっとトイレ行ってくるわー」
「あ、じゃあ私も行ってこようかなー」
光雄に続いて、小山さんの二人がトイレのため席を立つ。
思えば二人は、ファミレスではトイレを済ませていなかった事を思い出す。
すると音洲さんも、自分も行こうと席を立ちかけたのだが、何か察するように座り直していた。
その理由は不明だが、結果として今ここには俺と音洲さんの二人きりとなる。
今朝ここへ来た時以上の、謎の気まずさに包まれていく……。
「……えっと、音洲さん今は英語やってるんだね」
「あ、う、うん! 英語も苦手だから……」
「そ、そっか……」
「うん、えへへ……」
……駄目だ、気まずい。
しかもこの短い会話の間も、音洲さんの視線はずっと逸らされたままだった。
会話はしてくれているから、別に嫌われているとかそういう訳ではなさそうだけれど、やっぱりその理由が気になってしまう……。
「……今日はその……ありがとうございました……」
「ああ、えっと、どういたしまして」
「彼……松山くんとは同じ中学で、前からあんな感じの人でして……」
「なるほど……」
「高校生になってからは会わずに済んだけど、まさかあんな場所で再会するだなんて……」
困り果てた表情で、心の内を語ってくれる音洲さん。
それは何というか、ついてなかったな……。
しかし、中学時代はあれと同じ学校に通っていたとなると、音洲さんもさぞかし苦労したことだろう……。
まぁそういう意味では、音洲さんクラスになると他にも色んな人から好意を向けられ続けてきたことだろう。
あいつが特別というわけではなく、きっと他に何人も……。
「席替えでは、裏でクジを交換して隣の席になってきたり……」
「ふむ……」
「何かある度に無理やりペアになろうとしてきたこともあったし、修学旅行では女子部屋に入ってきた事もあったな……」
「うん、普通にギルティーだね」
前言撤回。やっぱりあいつは特別に駄目だ。
好意を向けること自体は仕方ないにしても、それで相手を困らせるような真似はすべきではない。
音洲さんがこんな顔をしているのだ、よっぽど嫌な思いをしてきたに違いない。
よって、松山くんだっけ? あのナルシストは、今日から俺の敵だ――。
「……やっぱり、その……南光くんも、あったのかな?」
「俺?」
「うん……」
俺が内心で憤っていると、探るように音洲さんが聞いてくる。
ずっとよそよそしかった音洲さんからの質問だ。
何かを聞かれるのは喜ばしいことなのだが、『あった』とはどういう意味だろうか……?
俺も女子部屋へ侵入したのかどうか?
それとも逆に、俺も部屋へ侵入されたのかどうか?
……どっちも普通に事件だと思うが、どちらも無かったから安心して欲しい。
「ああ、ごめんね! 変なこと聞いちゃったよね!」
「いや、大丈夫だよ! 俺は何もなかったから!」
「そ、そうなんだね!」
何もないと答えると、何やらほっとしたように見えた音洲さん。
何故そう見えたのか分からないが、やっぱりいつもとテンションが違う音洲さん相手に、俺も変な受け答えをしてしまった……。
「あー、えっと……部屋に来られることは無かったけど、自由行動中に囲まれてたとかはあったかなぁ……」
この空気を和まそうと思い、俺も修学旅行であった困りごとを共有してみる。
俺と音洲さんは似た者同士だから、共感して貰えるんじゃないかと思いながら。
しかし改めて考えると、これでは何だかモテる自慢をしているみたいで後悔する。
現に音洲さんも、露骨に困ったような微妙な表情を浮かべてしまっている……。
「……やっぱり、そうだよね」
「あー、えっと、でもすぐに周りのみんなが気を使ってくれて、男子だけで回れたから大丈夫だったよ」
「え? なら良かった」
慌てて補足すると、今度は安心するように息を付く音洲さん。
そんなコロコロと変わる音洲さんの反応に、俺もどう対処すればいいのか分からなくなってしまう。
「……でもやっぱり、南光くんって女の子からモテるんだよね」
「あはは、どうだろうね?」
「そうだよ!」
「えーっと……でもそれを言うなら、音洲さんも同じじゃない?」
「わたしは! ……そうなのかもしれないけど」
「ほら、一緒だ」
「うぅ……」
お互いに、異性から人気がある。
それは残念ながら、自他共に認めるしかない事実。
何を言いたかったのかは分からないが、ぐうの音がでなくなる音洲さん。
そんな温度差のある反応が何だか可笑しくて、俺は堪え入れず笑いが漏れてしまう。
「あぁ! 今笑った!」
「ご、ごめん、プ――」
「ほらっ!」
思わず大声を出してしまった音洲さんは、慌てて自分の口を両手で覆う。
ここは図書館のため、あまり大きな声を出すと周りに迷惑となってしまうから。
そんな音洲さんのリアクションが可笑しくて、二人で声を潜め合いながら笑い合う。
やっぱり俺達は、似た者同士。
気付けば音洲さんも、元通りに戻っているのであった。




