第26話 蓋
「……誰あんた?」
「今こっちは取り込んでるんだよねー」
「いや、その子は俺らのツレだから」
「は? なんだお前?」
「ちょっとツラが良いからって、調子乗っちゃってる感じー?」
淡々と受け答えする南光くんに、松山くんの友達二人が詰め寄る。
その様子は、明らかに穏便なものではなかった。
もしもこのまま喧嘩に発展してしまったら、南光くんが怪我をしてしまうかもしれない――。
私が原因だしこの場を何とかしたいけれど、私だけでは男性二人を止めることは現実的に不可能だろう。
であれば、ここはすぐに誰か助けを呼ぶしかないと思ったその時だった――。
「二人とも、待て!!」
この一触即発の状況を、まさかの松山くんが制止したのである。
友達二人も意味が分からない様子だけれど、松山くんの言葉には従ってくれたみたいだ。
そして南光くんはというと、その間も一切焦る素振りを見せず、まるでこうなることを分かっていたようにも見えた。
「おいハヤト、なんで止めるんだ?」
「そうだよ、こいつ生意気でしょー」
「……いや、マジでいいから。行くぞ」
友達の言葉を無視し、この場から逃げ出すように二人を連れて去っていく松山くん。
さきほどまでの余裕は一切なくなっており、その表情には明らかに焦りの色が滲んでいた……。
「音洲さん、大丈夫?」
「う、うん! えっと……」
「怖かったよね。もう大丈夫だから、一旦席に戻ろうか」
「うん……ありがとう」
色々言いたいことはあるけれど、今は南光くんの優しい言葉に安心できている自分がいた。
「ちょっと姫花!? 平気だった!?」
「え、何々!? もしかして揉め事!? つか、あいつら何!?」
席へ戻ろうとすると、恵と西城くんも駆け寄ってきてくれる。
どうやら二人も、異変に気付いて様子を見に来てくれていたみたいだ。
「みんな、ごめんね」
もう大丈夫なんだって、安心したら自然と涙が溢れてきてしまう。
本当はみんなの前で泣きたくなんてないのに、どうしても溢れ出してきてしまう。
怖かった。一人で不安だった。
私を縛り付けていた負の感情から、解き放たれたことによる安心感。
でもそれ以上に、こうして救ってくれる友達が傍に居てくれることが、私は何より嬉しいんだ――。
「追い払ったし、もう大丈夫だよ」
「え? もしかしてさっきの奴ら、輝の知り合いだったりするの?」
「いいや、知り合いじゃないよ。ただ彼さ、どうやらパープルで読モをしてるらしいから」
「……ああ、なるほどな」
南光くんの言葉に、西城くんはニヤリと納得する。
恵も何となく察している様子で、どうやらこの場で何も分かっていないのは当事者である私だけのようだ……。
それから席に戻った私は、西城くんにさっきの納得の理由を教えて貰う。
どうやら雑誌パープルは、南光くんがモデル活動をしている雑誌『プラチナム』と同じ出版社から刊行しているのだそうだ。
そのうえで二つの違いは、南光くんのプラチナムは全国紙なのに対して、松山くんのパープルは地方ローカル雑誌。
つまり載っている雑誌そのものに、地区予選と甲子園ぐらいの差があるのだそうだ。
オマケに二人は、正規のモデルと読者モデル。
それはプロとセミプロみたいなもので、雑誌としてもモデルとしても立場の弱い松山くんは、南光くんとの対立は望まなかったのだろう。
「――てことで、その松山くんだっけ? 彼と輝との間では、残念ながら雲泥の差があるわけよ」
「俺だってバイトの延長みたいなものだし、他のモデルとの優劣なんて興味ないけどね。――ただまぁ、彼はこれから色々とやりづらくなるかもね」
「え、どうしてどうして? 私、気になりますっ!」
「まぁ何ていうか、彼は自分のことを読モって言ってたけど、実はパープルに読モは存在しないんだよ」
「は? なんだそりゃ」
「あの雑誌はさ、ストリートスナップとして撮影する場所と日時を限られた範囲で事前に告知するから、それに参加した人が雑誌に載れるってシステムなんだよ」
「つまり、足を運べば誰でも載れるってこと?」
「まぁ厳密には、誰でもってわけじゃないけどね。撮影のうえで選ばれた人だけが載ることができるから、彼の言う事も一理あるのかもしれない」
「ふ~ん、なるほどねぇ。つまり彼は、全部が全部じゃないけど嘘も混ぜてたんだ。だから、本物のモデルである南光くんに見つかって逃げ出したと。そして今後、その嘘が南光くん周りからバレて捲れるのに怯えながら過ごさなければならないわけだ」
話は盛るもんじゃないねと、興味なさげに松山くんを憐れむ恵。
「彼に限らず、見栄を張る人の多い業界だからね。だから別に、知らない他人なら正直どうでも良かった。――でも、俺の周りの人に迷惑をかけるっていうなら、俺も容赦はしないかな」
そう言って微笑む南光くんの表情には、静かな怒りが滲んで見えた。
別に私も、松山くんに仕返しをしたいわけではない。
あの場でしっかりと断りきれなかった自分にも非がある。
それでもこうして、私の為に怒ってくれる人が傍に居てくれることが、今は素直に嬉しく思える。
「まぁ変なトラブルはあったけどさ、気持ちを切り替えて午後も勉強頑張りますか!」
「そうだね、姫花も切り替えてこ!」
「うんっ! もう大丈夫だよ!」
みんなを安心させるため、私は目いっぱいの笑みを浮かべる。
作り笑いではなく、素直に溢れ出してくるままに。
「なら良かった」
そんな私を見つめながら、南光くんも優しい笑みを向けてくれる。
本当に南光くんは、不思議な人だ。
いつも優しくて、私が相手でも普通に接してくれる男の子――。
みんなは私達のことを矛と盾の関係だと言うけれど、私は南光くんのことを似た者同士だと思っている。
これまでだって、何度もそう感じることがあったから。
そして私は、そう思えることが嬉しかった。
他の人とは違う南光くんのことが、知れば知るほど気になってしまう自分がいる――。
近くにいるだけで楽しくて、嬉しくて、時々ドキドキしたりもして――。
だから私は、これからもこの関係を大切にしたい。
自分の中で芽生えつつある一つの感情が悟られないように、今はまだ心の中でそっと蓋をするのであった。




