第25話 アクシデント
「ふぃー、食った食ったぁー!」
ガッツリとしたステーキ定食を誰よりも早く平らげた光雄が、満足そうにお腹を擦る。
そんなオヤジっぽい仕草が妙に板に付いており、みんなの笑いを誘う。
遠足の時にも感じたが、食事を共にするというのは人の心の距離を近づける効果があるようだ。
ファミレスで食べる前よりも、一緒に居るのが気楽に感じられている自分がいた。
――しかし、これからまた勉強か。
腹が満たされた結果、正直これから勉強する意欲が湧いてこない……。
今日はせっかくの日曜日で仕事もオフなのだ、オマケに明日からまた学校かと思うと、物凄く損をしているような気持ちが湧いてくる。
そしてそれは、多分他のみんなも同じ。
なんなら午前中にみっちり勉強をしてきたのだ、もう今日の分は十分頑張ったと言えるだろう。
「にしても、姫花遅いわね」
壁に賭けられた時計を見ながら、小山さんは少し心配そうに呟く。
さっき音洲さんは、トイレへと向かった。
しかし小山さんの言うとおり、十分少々経つがまだ戻ってきていない。
「もしかして、大きい方だったり?」
「変なこと言わないでよし」
おどける光雄に、隣の小山さんが頭にチョップでツッコミを入れる。
この二人も、随分と打ち解けたものだ。
ついこの間友達になったような距離間ではないのは、二人がオープンな性格をしているが故だろう。
「じゃ、俺もトイレ行ってくるよ」
「お、輝が様子見てきてくれるのか?」
「まぁ、普通にトイレ行きたいだけだよ」
そう言って俺は席を立つ。
音洲さんが心配でないと言えば嘘になるが、トイレに行きたいのは本当だ。
まぁどうせ杞憂に終わるだろうと思いながら、俺はトイレへと向かうのであった。
◇
「あれ? もしかして姫花ちゃん?」
トイレを出たところで、急に男性に呼び止められる。
それは南光くんでも西城くんでもないけれど、どこか聞き覚えのある声だった。
振り向くとそこには、少しだけ懐かしく、そして今は会いたくはない人の姿があった。
松山 隼人くん――。
彼は中学時代、同級生だった男の子。
昔から女子からの人気が高く、同級生では多分一番モテていたと思う。
そのせいか、ちょっとナンパな性格をしていて、中学時代もよく声をかけられていたことを思い出す。
「……松山くん」
「あ、ちゃんと覚えててくれたんだ? 嬉しいなぁ」
中学時代とは違い、今はお互い高校生。
松山くんは髪を金髪に染め、耳にはピアスまで開いている。
そのせいもあって、中学の頃以上に軽薄な印象を受けてしまう。
「え、何々? その子だれー?」
「つか、めっちゃ可愛くね!?」
すぐにこの場を離れようと思ったけれど、トイレから出てきた松山くんの友達二人も加わり、囲まれるように逃げ場を失ってしまう。
お友達も松山くん同様、軽薄そうな見た目をしている。
そんな三人に囲まれてしまった私は、どうして良いか分からなくなり恐怖を覚える……。
「おいお前ら、姫花ちゃんが怖がっちゃってるだろ?」
「え? ああ、わりぃわりぃ。てかこの子、隼人の何よ?」
「もしかして、新しい彼女ー?」
「やめろって、姫花ちゃんの前であんま変なこと言うな」
私は彼女でもなければ、こんな場所で囲まれる言われもない。
けれど、相手は自分より大きい男性三人。
囲まれてしまった恐怖で、強く言い返すこともできない……。
今ここで三人を掻き分けて、みんなの元へと走って戻ることはできる。
でももし、彼らがそれで腹を立てて揉め事に発展してしまったら、きっとみんなにも迷惑がかかってしまう。
だからこの場は、自分で穏便に済ませたい……。
今日という楽しい一日を、嫌な思い出になんかしたくないから……!
「あ、あの……それで、何か用かな?」
「え? あーごめん、久々に姫花ちゃんに会えたから、これも運命でしょ的な?」
「え、えっと……」
「今は一人? 良かったらさ、今から俺らと遊ぼうよ? 良いでしょ?」
ニッコリと笑みを浮かべながら、遊びに誘ってくる松山くん。
他の二人も、松山くんの話に文句は無いようで、面白そうに私の事をジロジロと見てくる……。
――どうしよう、怖い……!
今日はみんなで勉強に来ているし、そうじゃなくても彼らと遊ぶつもりなんて微塵もない。
けれど今の松山くんは中学の頃以上に強引で、ここから私を離さないようにしているのが分かってしまう。
「あ、そうだ音洲さん。パープルって雑誌知ってる?」
「パープル……うん」
急な問いかけに、私は正直に頷く。
パープルとは、この地方にスポットを当てた言わばご当地ファッション雑誌の名前。
全国紙と違い規模は小さいけれど、その分ローカルのお店紹介などが充実していることで知られている。
少し前までの私なら、そういうファッション系の話はあまり縁がなく知らなかった。
でも今は、隣の席の南光くんがキッカケで、そういう雑誌も読むようになった。
「じつは俺さ、今パープルでたまに読モやってるんだよね」
そう言って松山くんは、スマホで自分が載っている雑誌の写真を見せてくる。
「そ、そうなんだね……」
「あれ、反応薄くない? まぁだからさ、俺ももう中学の頃とは違って、この辺だとちょっと名が知れてるんだよね」
「そうそう、昨日も東高のギャルと遊んだしな」
「おい、だから変なことは言うなっての」
「でも本当、ハヤトはこの街では有名人なわけ。だから姫花ちゃんだっけ? ハヤトに誘われたなら、もっと喜ばないとー」
まるで選ぶのは私ではなく松山くんだというように、友達の一人が高圧的に笑みを浮かべる。
そんな友達のことを、松山くんも止めたりはしない。
ただ自信あり気に、私が頷くのを待っている。
……もう、駄目だ。
できることなら、一人でこの場を何とかしたかった。
でも弱い私では、これ以上は無理だと悟る。
今すぐみんなの元へ逃げ出そう。
そう覚悟を決めた、その時だった――。
「君、パープルで読モやってるの?」
私を囲む三人とは違う、そして今私が一番聞きたかった声が聞こえてくる。
驚いて振り向くと、そこには鋭い目つきでこちらを見つめる南光くんの姿があった――。




