第22話 気まずさ
勉強を始めて、十分ぐらいは経過しただろうか……。
本を捲るページの音や、ペンを走らせる音だけが微かに聞こえる程度には落ち着きを取り戻した館内。
本来の目的である勉強を始めたのだが、どうにも落ち着かない自分がいた。
向かいの席には、同じく勉強をする音洲さんの姿。
教科書を開いて、苦手な数学から復習を始めている。
そんな音洲さんの前で、俺も苦手な物理の復習を始めたのだが、文章を読んでも中々頭の中に入ってこないのである。
普段学校では、隣の席同士。
同じく静まり返る教室内で、一緒に授業を受けているのだから、今とさほど変わりはないはず。
けれどやっぱり、こうして休日に二人きりで勉強するのは違うのだ。
そしてそれは、多分音洲さんも同じ。
集中しているようで、時たまこちらに視線を送ってくるのである。
それに気づいてしまった俺も、変に意識してしまい勉強に身が入らないのだが、それを悟られるのも恥ずかしい……。
その結果、今もこうして教科書を読むのに集中しているフリをしているのだが、本心は音洲さんから向けられる視線が気になって仕方ないのである。
――駄目だ、やり辛い……。
これには、座席の問題もある。
こうして二人きりで正面に向き合って座っているから、変に意識してしまうのだ。
学校と同じように、並んで座っていればここまで気にならなかっただろうし、もっと気楽でいられたに違いない。
こんなことなら、隣の席に座れば良かったかもしれないと思っても後の祭り。
今更席を移動するのは明らかに変であることから、残りの二人が来るまではこの状態を耐え抜かなければならない……。
そんな思考が巡れば巡るほど、尚更意識してしまうという負のループが生まれてしまっていた。
――にしても、段々視線が強くなってきてないか……?
最初はちらちらと向けられていた視線が、段々しっかりと向けられてきていることに気が付く。
その圧に屈した俺は、平静を装いつつも音洲さんの方へ視線を向けてみる。
すると互いの視線はしっかりと交わり、咄嗟に逸らしてしまいそうになるがある異変に気が付く。
それは音洲さんが、物凄く何か言いたそうに切実な表情をこちらへ向けてきているのである。
「あのぉ……」
そして音洲さんは、申し訳なさそうに声をかけてくるのであった。
「ど、どうかした?」
「そのぉ……ここなんですけどぉ……」
そう言って音洲さんが指差しているのは、この間の数学の授業で学んだところだった。
あの時の音洲さんと言えば、タンジェントから牛タンを連想して完全に授業から置いてけぼりになっていた事を思い出す――。
「……ぷっ」
「ぷっ?」
「ああ、いや、何でもないよ」
「いやいや、今笑ったよね?」
「笑ってません……ぷっ」
「あ、ほら! 笑った!」
あの時の事を思い出し、思わず思い出し笑いをしてしまう俺を、音洲さんは見落とさなかった。
不満そうに頬を膨らませる音洲さんも面白くて、笑いを堪え切れなくなる。
そんな俺に対して、音洲さんは恥ずかしそうに更に頬を膨らませている。
「ごめんごめん、ちょっと思い出し笑い」
「……思い出し笑い?」
「まぁこっちの話だから、気にしないで」
「うーん……分かった」
「それで、何だっけ?」
「あっ、そうだよ! ここの公式なんだけどね――」
本題を思い出した音洲さんは、この間授業で習ったところを聞いてくる。
その質問は意外と要領を得ていて、今何が分からないのか明確に質問してくれるから、俺も答えるのが簡単だった。
きっと音洲さんは、所謂自頭は良いタイプなのだろう。
こうしてしっかりと勉強の時間さえ確保できれば、きっと成績だってすぐに向上するに違いない。
それからは、音洲さんの質問に俺が答える形で、二人きりの勉強会は有意義に進んでいった。
黙って対面で座っている時は気まずかったが、こうして会話をしながら勉強をしていると不思議と気にならなくなっていた。
「本当だ! 南光くんが居てくれて良かったー」
「どういたしまして」
「あっ! 南光くんも分からないところがあれば、何でも聞いてねっ!」
「ありがとう、数学以外は得意なの?」
「ううん! 他もさっぱりだよ! でも、一緒に悩むことは出来るからっ!」
だから任せてと、サムズアップをする音洲さん。
正直あまり頼りにはならないが、そんなところも可笑しくて、一切飾らないその振る舞いが嬉しかった。
「じゃ、頼らせて貰おうかな」
「うん! 任せてガッテン!」
鼻息をフンスと鳴らせ、やる気だけは人一倍な音洲さん。
こんな音洲さんだからこそ、俺も自然でいられる。
そう思えることがやっぱり嬉しくて、今日こうして一緒に勉強できることが有難い。
「あれ? もう二人ともやってるじゃーん!」
それから小山さんも合流し、少し遅れて光雄もやってきた。
女子と男子が向かい合う形で座り、予定通り四人での勉強会がスタートするのであった。




