第21話 図書館
約束の日曜日がやってきた。
早朝に目覚めた俺は、いつもより時間をかけて朝の支度をする。
この間の喫茶店へ行ったあとに買った新品の洋服に着替え、髪のセットも撮影前さながらにじっくりと整えた。
あとは家を出る時間を待つのみとなったが、少し早起きし過ぎたせいでまだ暫く時間があり手持無沙汰になってしまう。
ちなみに今日は現地集合。
図書館は集合時間の一時間前から開いているはずだし、先に行っても別に問題ないだろう。
というわけで、家にいても仕方ないしのんびりと図書館へ向かうことにした。
外へでると、空はこれでもかってぐらいの快晴。
気温もちょうどよく、こんな日は室内ではなく外で過ごしたくなる。
それでも、今日これから俺がするのは遊びではなく勉強。
本来ならば損している気分になっているところだが、今の俺の心は軽い。
何故なら今日は、校内でも数少ない気を許せる友達と過ごすことができるから。
いつも顔を合わせている面子だけれど、学校の外でも会えることに楽しみを覚えている自分がいるのであった。
◇
図書館へ到着する。
流石に一番乗りだろうから、出来るだけ後から来るみんなの分かりやすい席へ座ろうとうろついていると、何やら異変に気が付く。
本来図書館とは、本来利用者は静かに利用する場所。
けれど開館間もなくまだ人も少ないというのに、何やら場の空気が少しざわめいているのである。
この感じ、俺はよく知っている。
何故なら俺自身が、よく体験している空気だからだ。
ただそれは、いつも主観的な立場でのこと。
だからこうして、客観的で立場でこの空気を感じるのは初めてかもしれない。
よく見ると、みんな同じ方向に気を取られていることが分かる。
何だろうと注目の集まっている先を追ってみて、俺は驚きとともに納得をすることになる。
すると、その視線の先にいる人物も俺に気が付いたのか、居心地が悪そうにしながらこちらへ小さく手を振ってくる。
「お、おはよう……」
「まさか、もういるとは思わなかったよ」
「う、うん。南光くんも早かったね」
そこにいたのは、音洲さんだった。
一人でここにいるのが気まずかったのだろう。
俺の到着に安心したのか、音洲さんは気が抜けるようにほっと息をついている。
――しかし、凄いな……。
まだ開館まもなく、居る人は疎ら。
だというのに、その圧倒的な存在感で周囲の人を惹きつけていた音洲さんは、やっぱり初見の人達にとっても特別な存在なのだろう……。
それもそのはず、彼女は絶対に落とす音洲さんという異名まで持っているのだ。
そんな音洲さんがこの場にいるのだ、周囲がざわつくぐらい当たり前なのかもしれない。
そんなことを考えながら、音洲さんと対面の席へと座る。
というか、音洲さんの方が先に来ているとは思わなかったな……。
まだ約束の時間まで三十分以上あるし、それまでずっとここで二人きりということか……。
普段、学校では隣の席同士。
だから慣れているはずなのに、こうして学校の外で二人でいるのは意味が違うというか、変に意識してしまっている自分がいた。
それは多分、音洲さんも同じなのだろう。
なんなら音洲さんの方が意識してしまっているようで、明らかに落ち着かないご様子だ。
こういう時、自分よりも取り乱している人がいると余裕を持てたりするもの。
しかし今の状況においては、残念ながらその法則は通用しなかった。
何故なら俺は、ある事にも気が付いてしまったからだ。
そう、今日の音洲さんは――私服なのだ。
白のブラウスに、黒のスカートを合わせたシンプルながらも可愛らしいコーデ。
そんな、初めて見る私服姿の音洲さんを前に、俺も目のやり場に困ってしまう。
正面に座ったのが失敗だっただろうか……。
でも今更、席を移るのも絶対に不自然だし……。
学校では制服姿、喫茶店ではウエイトレス姿。
そして今は、初めて見る私服姿――。
そのどれも印象が異なっていて、新鮮で、そして特別で――。
これまで出会ってきた誰とも違う、音洲さんだからこそ気になってしまうのだろう。
「南光くん?」
「え? ああ、ごめん。何でもないよ。それじゃ、まだ全員集まってないけど勉強始めようか」
思わず変な思考が働いてしまったが、今日の目的は勉強だ。
気持ちを切り替えて、勉強に集中しなければ!
……しかし、目の前の音洲さんはまだ落ち着かないご様子。
音洲さんだって、周囲から注目を浴びてしまうことには慣れているはず。
だというのに、何とも居た堪れなさそうな表情を向けてくるのは何故だろうか……。
「音洲さん? どうかした?」
「いや、その……」
気になって声をかけるも、尚も小声で気まずそうにするばかり。
しかしよく見ると、その視線は俺だけでなく背後と交互に向けられていることに気付く。
今座っているのは一番端の席で、俺の視界には音洲さんと壁しかない。
つまり、俺の背後で何かが起きている……?
まぁでもそれは、確認するまでもない。
何故ならここへ来るまでに、その理由は既に分かっていることだからだ。
けれど、確かに言われてみると違和感はある。
ここへ来る前よりも、ざわつきが増しているというか……。
そう思い後ろを振り向くと、すぐにその理由が判明する。
「こ、こっち見た……!」
「本当だ! 雑誌で見た事ある人だ!」
「すご……マジでイケメン……!」
居合わせた女子達から向けられる、黄色い声と好奇の視線の数々――。
要するに、元々こちらへ向けられていた好奇の視線が、俺のせいで更に増えてしまっているのである。
音洲さんのことばかりで、自分のことは完全に忘れてしまっていた。
これまで何度もこういう場面でうんざりしてきたというのに、音洲さんがいることでそんなことまで忘れてしまっていた自分に笑えてくる。
……いや、忘れていたというのは少し違うか。
今の俺は、周囲のことなんて気にしないで良かったんだ。
何故なら、似た者同士の音洲さんが一緒にいてくれているから。
しかし音洲さん的には、まだ落ち着かない様子。
だからここは、とりあえず自分が何とかすることにした。
「ごめんねみんな、勉強したいから静かにしてくれる?」
背後の人達に向けて、営業スマイルとともに一言だけ伝える。
するとみんな、本来の目的を思い出すように離れてくれた。
元々休日にここへ勉強しにくるような人達だ、聞き分けが良くて助かった。
「それじゃ、勉強しよっか」
「う、うんっ! すごいね、南光くん!」
たった一言で解決した俺に、瞳をキラキラと輝かせる音洲さん。
そんな反応もおかしくて、俺も自然と笑みが零れてしまうのであった。




