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第19話 日常

「おはよー」

「おはよう」


 週が明けて、月曜日。 

 思えばあっという間に馴染んだ新しいクラスメイト達と、今日も朝の挨拶を交わす。


 隣の席は空いており、まだ音洲さんは登校前のようだ。

 今日も朝練だろうかと思いながら自席に座ると、それを待ち侘びていたように今日もクラスの女子達に囲まれてしまう。


 そんな、高校二年生に上がっても変わらない光景。

 これまでの俺なら飽き飽きしていたところだが、今抱いている感情はそうではないことに気が付く。

 何がどう違うのかというと、それは自分でも上手く言語化はできない。

 けれど今の俺には、この状況を受け入れられる心のゆとりが存在しているのだ。


 何故、そんな心のゆとりを手に入れることができたか――それもきっと、音洲さんの存在のおかげなのだろう。


 これまで俺にとって、女性はある意味敵のような存在だった。

 女性のいない環境なら、もっと自由でいられるのに。

 そんな風に、恨めしく思ってしまうことだってこれまで何度もあった。

 でも今では、人の好意は好意として素直に受け取れるようになったし、会話をすることにも以前の億劫さを感じなくなっている。


 それは全て、音洲さんと知り合ってからのこと。

 分け隔てなくいつも前向きで、誰よりも底抜けに明るく、時に予想外で挙動不審な面も見せてくれる一緒にいて飽きない存在。

 そんな音洲さんと知り合えたおかげで、俺の中にあった異性への苦手意識みたいなものが徐々に薄まっているのだと思う。


 ――だからこれも全て、音洲さんに感謝だな。


 そんな思いを抱きながら、音洲さんがやってくるのを待っている自分がいた。

 しかし、音洲さんは未だ姿を見せず、もうじき始業の時間も迫っている。

 同じ部活の小山さんの姿はあるため、部活中ということはなさそうだけれど……。

 もしかして、何かトラブルでもあったのだろうかと少し心配になってきたその時だった――。


 ガラガラガラ! バンッ!


「間に合った!?」


 慌てて教室へとやってきた音洲さんが、少し息を切らしながら教室へと駆けこんでくる。

 そしてそれと同時に、始業を知らせるチャイムが鳴る。


「んー、ギリギリセーフだ。音洲も支度しろー」


 一足先に教室へきていた先生の一言で、教室内は笑いに包まれる。


「おはよう、音洲さん。ギリギリセーフだったね」

「お、おはよう。え、えへへ、焦ったぁ……」


 間に合った安堵も束の間、朝から目立ってしまっている事を恥ずかしがるように、席で小さく丸まる音洲さん。

 そんな朝からジェットコースターのように起伏の激しい音洲さんが面白くて、俺も自然と笑みが零れてしまうのであった。


 ◇


 今日も今日とて、授業が始まる。

 朝から数学の授業で、いきなり脳みそを駆使しなければならないのは中々に辛い。


 隣の席には、いつも通り音洲さんの姿。

 数学は苦手なのか、黒板と教科書を交互に睨めっこしているが、あからさまに腑に落ちていないご様子だ。


 たしかに、高二にもなれば内容はそれ相応に難しく、俺も油断をすればあっという間に置いていかれてしまいそうだ。

 音洲さんのことが気になりつつも、俺も授業に集中することにした。

 俺がしっかりと内容を理解しておけば、いつかどこかで音洲さんの力になれることだってあるかもしれないしね。


「……こっちがサインで、これがタンジェント?」


 隣から聞こえてくる、明らかに分かっていないような独り言。

 それに合わせて、うーうーという唸り声まで聞こえてくるあたり、大分苦戦しているご様子だ……。


「タンジェント……タン……牛タン……あぁ、お腹空いたなぁ……」


 ああ……これはもう完全に駄目かもしれない……。

 まだ一限だというのに、もうお腹が空いてしまっている音洲さんのことが色んな意味で心配になる……。


 そんな音洲さんを横目で見ながら、俺は先日喫茶店で会った音洲さんの姿を思い出す。

 今の制服姿とは違う、ウエイトレスの制服を身に纏った音洲さんの姿――。

 偶然入った喫茶店でたまたま会っただけだけれど、そのことは二人だけの秘密なんだよな……。


 二人だけの、秘密……。


 ……って、俺は授業中に何を考えてるんだ!

 咄嗟に気持ちを切り替えて、再び授業に集中する。


 しかし隣の席の音洲さんは、最後まで授業にはついていけていないご様子で、頭の中はすっかり食べ物のことでいっぱいになってしまっているのであった。

 

 

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