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第18話 一日の終わり

「えっと……1890円になります」

「はい、これで」

「ど、どうも……」


 クリームソーダを飲み終えた俺は、レジで精算を済ませる。

 ここでも対応してくれるのは音洲さんで、分かりやすく気まずそうにしており一度も目を合わせてはくれない。


 でも正直そんな反応も面白くて、逆に俺は音洲さんから一度も視線を外さずにいるのだが、それが更に音洲さんを追い込んでいく。


「お、おお、お釣りです」

「どうも」

「あ、ありがとうございました!」


 お釣りを受け取ると、音洲さんはようやく俺の視線から解放されることに安堵するように深々と頭を下げる。

 まぁ俺もこれ以上音洲さんをイジるつもりもないため、今日のところは大人しく退店しようと思ったその時だった――。


「あ、君が姫花の同級生だね?」


 厨房から出てきた男性に声をかけられる。

 他にお店に人はいないようだし、恐らくこの人がここのマスターで、音洲さんの叔父さんなのだろう。


 アラフォー……いや、アラフィフぐらいだろうか?

 すらりと背が高く、整った髭がなんともダンディズムな喫茶店のマスター。

 そんな音洲さんの叔父さんを前に、俺も少し緊張して背筋を伸ばしながら挨拶を返す。


「は、初めまして。南光輝と申します」

「南光くん……なるほど、君が」

「わわわわぁー!!」


 謎の納得をするマスターと俺の間に、慌てて割って入ってくる音洲さん。

 どうやら俺のことを知っていたみたいだし、音洲さんから俺の話を聞いていたということだろうか……?


「僕のこと、聞いていたんですね」

「ああ、姫花が同級生の男の子の話をしてくるなんて珍しかったんだけど、なるほど納得だな」

「もう、叔父さん!!」


 これ以上の会話は許さないというように、音洲さんはマスターを俺から引き離すように背中を押す。

 そんな音洲さんに、マスターは「はいはい、分かったよ」と従っているものの、その表情から完全に揶揄っているのが分かった。


「それじゃ南光くん! またいつでも食べにおいでね!」

「はい、また来させていただきます」


 まぁ何はともあれ、音洲さんもここでは仲良くやれているようだ。

 それなら良かったと勝手に納得しながら、俺は店をあとにするのであった。


 ◇


 喫茶店を出た俺は、そのあと服と漫画を購入してから帰宅した。

 そして今は、自室のベッドの上。

 買ってきた洋服の写真を何となくSNSへ載せたあと、買ってきた漫画を読んで楽しんでいる。


 本当に今日は、充実した一日だった。

 まさかたまたま入った喫茶店で、あの音洲さんが働いてるなんて思いもしなかったな。

 

 そんな今日一日あった事を思い出していると、脳裏に制服姿の音洲さんとウエイトレス姿の音洲さんの姿が浮かんでくる。

 前者はみんなの知っている音洲さんで、『誰でも落とす』と異名が付いてしまうほどの学校一の美少女。

 でも後者は、恐らく学校では俺しか知らない音洲さんのもう一つの姿――。

 そう思うと、何だか自分と音洲さん二人だけの秘密のように思えて、ちょっとだけこそばゆく感じてしまう。


 ピコン――。


 そんな事を考えていると、スマホからメッセージの受信音が鳴る。

 何だろうとスマホを手にすると、それはまさかの音洲さんからのメッセージだった。


「え!? 音洲さん!?」


 思わず声を上げてしまうほど驚いた俺は、慌てて送られてきたメッセージを確認する。


『今日は来てくれてありがとうございます! 本当ビックリしました!!』


 それは、今日喫茶店へ行ったことに対するお礼だった。

 別にこっちはたまたま行っただけだけれど、こうしてわざわざお礼を送ってくれるのは素直にありがたい気持ちになる。

 

『こちらこそ、どれも美味しかったよ』

『本当? 叔父さんにも言っておくね!』

『うん、俺もまた食べに行くね』


 いきなりのメッセージにはビックリしたものの、普通のやり取りにホッコリとした気持ちにもなってくる。

 思えばこれも、異性に対して感じた事のない感情だ。

 音洲さんが相手だと、どんどん新たな気付きを得る事ができる。

 それだけ音洲さんには、他の子達にはない特別な何かがあるのだろう。


『ちなみにね、あそこで働いてることはまだ誰にも言ってないんだ。だからこのことは、秘密にしておいて欲しいんだ』


 そうだったんだ……。

 どうやら本当に、あそこで働いている事を知っているのは俺だけのようだ。

 当然言いふらすつもりもないし、音洲さんが秘密にして欲しいと言えばそれに従うのみだ。


『分かった、誰にも言わないよ』

『ありがとう! えへへ、じゃあ二人だけの秘密だね!』


 二人だけの秘密――。

 送られてきたその言葉に、これまで感じたことのない喜びに似た感情が込み上げてくる。


 ――まさか本当に、二人だけの秘密になるなんてな。


 俺と音洲さんは、真逆のようで似た者同士。

 だから俺は、音洲さんにはずっと親近感みたいなものを覚えていた。


 ……でも気付けば、俺の中にある感情はそれだけではなくなっていた。


 自分の中で、小さく芽生えつつあるその感情の正体。

 それは、経験のない俺でも何となく分かってしまう――。


「……これはちょっと、気を付けないとな」


 俺には、自分に課したルールが存在する。

 そしてそれは、学校生活とモデル活動の両方を続けるうえで必須なもの。

 だからこそ俺は、その芽生えつつある感情に蓋をして、これからも音洲さんとはよき友人で在り続けなければならない。


 絶対に落とす、音洲さん――。


 改めて俺は、彼女がそう呼ばれる所以を思い知るのであった。


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