第17話 理由
「ふぅ、美味しかったぁ……」
届けられたAランチセットは、予想を上回る美味しさで大満足だった。
特にエビフライが最高で、こんなに満足感のあるエビフライを食べたのなんて何時ぶりだろうか。
それぐらい、写真で想像した以上の満足感が得られるランチが食べられて、俺の胃も心も完全に満たされてしまった。
ちなみに音洲さんはというと、ランチを届けてくれてからはこちらへ顔を出すこともなく、他の接客対応に回っているためこちらへは来ていない。
最初こそ驚きはしたけれど、こうしてお互いに干渉さえしなければどうということはない。
というわけで、しっかりと腹も満たされたことだし、俺は当初の目的であるこれからの予定について考えることにした。
服を買いに回っても良いし、小説や漫画を買って読書を楽しむも良し。
あまりにも自由過ぎるこれからの未来を前に、正直このまま考えているだけでも幸せが無限大って感じだ。
なんならどっちも済ませたっていいなと思いながら、スマホで服の情報を下調べしつつ食後のコーヒーを楽しむ。
喫茶店のゆったりとした雰囲気も好きで、ただここにいるだけで心地いい。
ジー。
まぁとりあえず、このコーヒーを飲み切ったら店を出るとしようかな。
ジーーー。
店を出たら電車に乗って、とりあえずいつも行っている服屋に顔を出す流れかなぁ……。
ジーーーーーーーーーーーー。
……えーっと。
何だろう……今すごく、見られているような…………。
スマホの画面から顔を上げて、そっと周囲を見回してみる。
すると厨房の柱の陰から、こちらをじーっと見てきている音洲さんを発見する。
――え、何!?
ちょうど手が空いているのだろうか。
まるでこちらのことを監視しているような音洲さんと、バッチリと目が合ってしまう。
すると音洲さんは、不味いと思ったのか慌ててスッと柱の裏に隠れてしまう。
――えぇ、マジでなんだ!?
意味不明である……。
ここへ来てからずっと挙動不審であったことに変わりはないが、さっきのあたふたした感じから不審者モードへと変わってしまっているというか……。
気になった俺は、とりあえず音洲さんを柱の裏から引きずり出すことにした。
「あ、すみませーん! 注文いいですかー?」
見るところ、今はウエイトレスは音洲さん一人。
つまりここで俺が店員さんを呼べば、イコールそれは音洲さんを呼ぶということ。
その予想は的中していたようで、少しばつが悪そうに音洲さんがこちらへとやってきた。
「……ご、ごご、ご注文は?」
「音洲さん?」
「は、はい……」
「見てたよね?」
「うっ」
「見てたよね?」
「……み、見てない、ですぅ」
「神に誓って?」
「見てましたごめんなさい」
「よろしい」
神には抗えない音洲さんは、食い気味にあっさりと白状する。
その手のひら返しが面白くて、吹き出しそうになってしまうのをぐっと堪える。
「なんで見てたのかな?」
「南光くんだなぁと思いまして……」
「俺だから?」
「はいぃ……」
「えっと、理由は聞いても?」
「……その、私服はそういう感じなんだなぁとか」
「私服? ……あーそっか、普段は制服だからね」
言われてみれば、確かに私服で会うのは初めてだった。
今は買ったばかりのTシャツを着てきているし、適当な格好でここへ来なくて良かったと今更になってほっと胸を撫で下ろす。
俺がウエイトレス姿の音洲さんに新鮮味を感じたように、音洲さんも俺の姿に同じ事を感じていたのだと思えば納得もいく。
「やっぱり、凄いなぁって思って……」
「凄い?」
「うん、その……本当にモデルさんなんだなって……」
「……あ、ありがとう」
いきなりの誉め言葉に、少し反応に困ってしまう。
これまでの人生、異性から褒められたり騒がれる経験は何度もあった。
けれどこうして、音洲さんから面と向かって褒められると柄にもなく照れくさくなってしまう。
「えっと、ここのお店ね。私のおじさんのお店なの」
「そうだったんだ」
「うん、だから今日みたいに、部活のない日で人手が足りない時とかはたまにお手伝いしてるんだ」
「なるほど……」
「結構ね、やってみると楽しいんだよ? 学校とは違って、いる人もやる事も全然違うから」
気付けば挙動不審はなくなっており、ここでの事を教えてくれる音洲さん。
学校とは違う環境に身を置くことで、得られる経験と楽しみ。
それは俺自身、業種は違うけどモデル活動を続ける中で感じていることだ。
だから音洲さんの言葉には、俺も納得ができた。
そして同時に、こんなところでも共通点を見つけるところができて、嬉しいと感じている自分がいた。
「でもビックリしたよ。まさかここに、同じ学校の人が来るなんて」
「え、そうなの?」
「うん、常連さんはみんな大人の方だし、店内もこういう雰囲気だからね。目立つ場所にあるわけでもないし」
「あー、なるほど……」
たしかに、高校生が一人でこういうお店に来る方が珍しいのかもしれない。
普段マネージャーの冬月さんと、こういう喫茶店で打ち合わせすることがあるから慣れてはいたけれど、同級生と遊ぶ時は確かに選ばない気がする。
「じゃあ、ラッキーだったね」
「ラッキー?」
「うん、まさか土曜日にも、こうして音洲さんに会えるなんて思わなかったからさ」
俺は微笑みながら、感じたままを伝える。
まさか今日、音洲さんと会えるなんて思いもしなかったから。
おかげで普段の制服や体操着姿とは違う、ウエイトレス姿というギャップまで楽しむことができた。
そんな思いで一人満足していると、音洲さんの顔が見る見るうちに茹でダコのように赤く染まっていく。
「音洲さん?」
「あ、あわわわ! そ、そうだ注文! な、何を頼みますか!?」
「あー、そうだったね。じゃ、クリームソーダ一つ貰えるかな」
「か、かかか、畏まりましたぁ!!」
注文を受けた音洲さんは、まるで逃げ出すように厨房の方へと戻って行ってしまった。
せっかく挙動不審もなくなって打ち解けた気がしたけれど、いきなりの元通り。
そんな慌ただしいところもおかしくて、俺も思わず笑ってしまうのであった。




