第13話 連絡先
「じゃあさ、連絡先交換しよーよ」
「うん、別にいいよー」
それは、弁当を食べながら他愛のない会話を楽しんでいる時のことだった。
特に何の前触れもなく、ごく当たり前のように交わされたその光雄と小山さんの会話――。
二人は鞄から自分のスマホを取り出すと、そのまま何の躊躇いもなく連絡先を交換するのであった。
元々光雄は、男女の垣根を気にしないタイプというか、所謂コミュ強で誰とでも仲良くなれる奴ではある。
それでも、今日初めて会話をするような相手と、こうもナチュラルに連絡先を交換できるところを見せられると、長い付き合いにはなるが驚かされてしまう。
そしてそれは、小山さんにも同じことが言えた。
確かに今、俺達はハイキングからの昼食を共に楽しんでいるわけで、すっかり互いに打ち解け合えているとは思っている。
それでも、俺達は男と女。
だからまだ、踏み越えられない壁というか、保つべき距離感が当然存在する段階だと思っていただけに、思った以上に近づいていた二人の距離感に驚きを隠せなかった。
――いや、むしろこれが普通なのか? 俺が考えすぎなだけでは……?
今時の若者は、これぐらい普通なのかもしれないよな。
……なんて、俺もその今時の若者のはずなのだけれど、自分の価値観が疑わしくなってくる。
何故なら俺は、これまでの人生誰かに連絡先を教えるという経験を避けてきた分、普通の男子高校生の振る舞いとは外れてしまっているからだ。
そしてそれは、きっと音洲さんにも同じことが言えるだろう。
口をポカンと開けて、驚いた様子で連絡先を交換する二人のやり取りをじっと見つめているからだ。
俺と音洲さんは、ほこたて関係であり似た者同士――。
故に音洲さんも、不要な連絡先の交換などは避けてきたに違いない。
ちなみにその理由は、一言で言えばキリがないからだ。
これまでの人生、何度も連絡先を聞かれることがあった。
中学一年生の頃の俺は、別にそれぐらい構わないかと連絡先を交換していたのだが、結果から言えばその判断は過ちであった。
暇さえあれば、一方的に送られてくるメッセージの数々。
俺の連絡先を知っているか否かで、知らぬところではマウント合戦まで始まり、余計に現れる連絡先交換志願者……。
そして行き着いた先は、勝手に俺の連絡先を聞き出した女子による、俺の彼女宣言である。
相手をフォローするならば、まだスマホを手に入れたばかりの女子中学生。
あまり自制が利かない年齢と状況であったことは分かる。
それでも、会話どころか顔すら知らない相手による一方的な彼女宣言には、さすがの俺も軽い恐怖を覚えた……。
その経験もあって、俺はもう不用意に誰かと連絡先を交換することを避けるようになった。
幸い今は事務所に所属しているおかげで、それを理由に断ることができるので助かっていたりする。
……そう考えると、音洲さんは普段どうやって回避しているのだろうか。
いや、そもそも回避できているのかも怪しい……。
音洲さんのルックスならば、普通に何かしらの芸能活動だって出来そうだから、何か紹介だって出来るかもしれないのだけれど……。
そんなことを一人考えていると、小山さんから肩をちょんちょんと突かれる。
そして――、
「ね、せっかくだからさ、南光くんも連絡先交換しない?」
さきほどの光雄の時と変わらぬテンションで、連絡先を交換しようといってくる小山さん――。
さきほど光雄と交換したのだ、その流れで俺とも交換しようとするのは自然な流れと言えるだろう。
小山さんからしてみても、この場の平等性を考えての行動であることは分かっている。
しかし俺は、まだこの高校では女子相手とは誰も連絡先を教えていないのだ。
だからこの場をどうすべきか、咄嗟に頭を巡らせて考える。
気持ちとしては、別に小山さんなら教えても大丈夫な気はしている。
でもこういうのは、相手がどうこうではなく前例を作ると大変なのだ。
じゃあ、やっぱり断るべきだろうか?
いや、そうすれば、今のせっかく楽しい雰囲気もぶち壊してしまうだろう……。
いつものように事務所を理由に断ればいいのかもしれないが、それは納得度の違いだけで結果は大して変わらない……。
「あー、ごめん小山さん。輝はさ、モデル活動とかあるから難しいんだよ」
「あ、そっか! ごめんね南光くん、今のは気にしないでいいからっ!」
俺が答えるより先に、空気を読んだ光雄が代わりにやんわりと話を流してくれる。
それを受けた小山さんも、納得してすんなりと身を引いてくれた。
だからもう、この件はこれでおしまいで良い。
良いのだけれど――、
「いや、大丈夫だよ。交換しようか」
そう言って俺は、自分のスマホの画面を差し出した。
そんな俺の行動に、他の三人は驚きの表情を向けてくる。
「……え、いいの?」
「うん。せっかく今日仲良くなれたんだし、友達となら交換しても大丈夫だから」
「そ、そっか! じゃあ、ありがとね! えへへ」
そう言って小山さんは、友達という言葉に照れくさそうにしながら俺の画面に表示されるQRコードを読み取ってくれた。
小山さんが厄介化するとは思えないし、この場の雰囲気を壊したくない。
それは紛れもない、俺の本音である。
でも俺の中には、交換してもいいと思えた理由はそれだけではなかった。
というより、もう一つの理由の方が大きかった。
俺は、素直に嬉しかったんだ。
異性でも、こんな風に自分と気兼ねなく接してくれる相手の存在が――。
だからこそ、今日生まれたこの繋がりを大切にしたいと思えたのだ。
小山さんだって、そう思ったからこそ俺に連絡先を聞いてくれたのだから──。
こうして無事に、俺は小山さんとの連絡先交換を終えた。
チャットアプリに追加された、小山さんの自撮りアイコンを確認して、無事に交換できたことに喜びを感じている自分がいた。
「てことで! 南光くんもこれからよろしくね!」
「うん、こちらこそ」
「輝が女子と連絡先交換してるとこ、初めて見たかも……」
「え? そうなの? じゃあ、初めて貰っちゃったかな?」
「いや、そういうのはいいから」
おどける小山さんにツッコミを入れると、笑いが生まれる。
こうして、色々葛藤はあったけれど、無事に連絡先交換会は終了――――するはずもなかった。
何故ならこの場で、完全に仲間外れとなっている人物が一人いるからである。
そのことに気付いた俺は、慌てて音洲さんの様子を窺う。
するとそこには、完全に取り残されて一人絶望の表情を浮かべる音洲さんの姿があった――。
「……みんな、ズルい」
完全に仲間外れと化した音洲さんは、頬っぺたをぷっくりと膨らませながら恨めしそうに言葉を漏らす。
「え? じゃあ音洲さんも、連絡先交換しても大丈夫な感じ?」
「……大丈夫じゃないけど」
「だ、だよねぇ、そう思って最初から聞かなかっただけだからさ」
咄嗟に光雄が声をかけるも、それはちゃんとお断りする音洲さん。
キッパリ断ったのは少し意外だったけれど、やはり音洲さんも俺と同じで連絡先交換は避けているようだ。
だから俺も、やっぱりそうだよなと納得するのだが――、
「でも、みんななら大丈夫だよ! だから、これっ!!」
その言葉とともに、自分のスマホの画面をシュバっと俺達へ向けてくる音洲さん。
そのスマホの画面には、メッセージアプリのQRコードが表示されていた。
つまりそれは、音洲さんからの連絡先交換OKの合図。
俺は光雄と顔を見合わせると、順番に音洲さんの連絡先を自分のスマホで読み取った。
ピコン――。
そして追加される、音洲さんのアイコン。
アイコンには猫の画像が使われており、これは飼っている猫だろうか?
というか、自分のスマホに音洲さんの連絡先が追加されたなんて、ちょっとまだ実感が湧かないというか……。
そんな思いを抱きつつ、音洲さんの方に視線を向けてみる。
するとそこには、嬉しそうに自分のスマホ画面をじっと見つめる音洲さんの姿があった。
そして隣には、そんな音洲さんのことを優しい笑みで見つめる小山さんの姿があった。




