第11話 遠足当日
遠足の日がやってきた。
幸い空は雲一つない快晴で、絶好の遠足日和。
桜は散り、青々とした緑が夏を感じさせる。
これから長時間歩かなければならないというのは少ししんどいけれど、それでも来てよかったと思える程度には自然を堪能できそうだ。
少なくとも、教室で授業を受けるよりも全然良い。
「いやぁ、輝のおかげでまさか音洲さんと同じ班になれるとはなぁ」
そして、今はバスでの移動中。
隣の席の光雄が、持ってきたお菓子をボリボリと食べながらニヤリとした笑みを浮かべている。
その表情は普通に気持ち悪いレベルで、恐らく今一番浮かれているのは間違いなくこの光雄だろう……。
「どうでもいいけど、音洲さんに迷惑だけはかけるなよ」
「お? なんだぁ? もしかして、ついに輝も俺の女宣言か?」
「そんなんじゃねーよ」
下らないことを言う光雄を、デコピンで黙らせる。
俺はただ、似た者同士だからこそ何をされたら嫌なのかがよく分かるからこそ心配しているだけだ。
通路を挟んで、反対側の席に座る音洲さん。
あっちはあっちで、隣に座る同じ班の女子と楽しそうにお喋りをしている。
そんな音洲さんのことを囲うように、気が付けば前後の席の女子達も身を乗り出しながら二人の会話に加わっており、音洲さんを中心に輪が広がっていた。
楽しそうにしてくれているのなら、それでいい。
なんて勝手に満足した俺は、光雄の持つ菓子袋からお菓子を摘まんで自分の口へと運ぶ。
「あ、おい! 俺の菓子!」
「なんだよ、別に減るもんじゃねーだろ」
「いや、減ってるから!」
普段は俺の菓子を取っていくくせに、相変わらずのケチな奴だ。
その袋ごと貰っても、まだまだお釣りはくるんだけどな。
まぁそんなこんなで、目的地も多分もうすぐ。
今回の遠足は音洲さんも一緒だし、きっと楽しいイベントになるような気がしかしないのであった。
◇
目的地へ到着した。
バスを降りると、そこはもう完全に山の中。
木々に覆われているからだろうか、出発した頃より少し気温も低く感じられて心地よい。
「やぁやぁ、何だかんだ話すのは初めましてだよね? 私、小山恵だよよろしくねー♪」
先にバスを降りた俺と光雄に声をかけてきたのは、今日のハイキングで同じ班になった小山さん。
彼女は音洲さんと同じバレー部に所属しており、日頃から二人の仲が良いことは知っている。
背の低い音洲さんと違い、身長百六十センチを超えた長身。
スポーツをしていることもあり、引き締まったスレンダーな体系をしている。
ショートヘアーの良く似合う、元気な女の子という印象どおりの子のようだ。
「南光輝です、よろしく」
「うっすー! 西城光雄でーす! よろしくね小山さーん」
俺達も挨拶を返すと、小山さんは気さくに微笑み俺達に合流する。
小山さんと話すのは今日が初めてだけれど、こんな風に気さくで接しやすい女性は珍しいかもしれない。
何というか、あまり俺を異性と意識していない時点で珍しいというか……。
「ああ! もうみんな楽しそうに話してるー!」
そこへ、遅れてバスから降りてきた音洲さんが慌ててこちらへ駆け寄ってくる。
きっとバスの中で、誰かに捕まって話していたのだろう。
先に打ち解け合っている俺達三人を見て、少し不満そうに頬を膨らませる音洲さんのことを小山さんが面白そうに揶揄っている。
そんな二人のやり取りを見ていると、本当に二人の仲が良いことが伝わってくる。
というわけで、これで同じ班の四人が揃ったわけだが、ここにいるのは俺と音洲さん。
となれば、嫌でも周囲からの注目を集めてしまっていることに気が付く。
今ここには、クラスのみんなだけでなく同学年全員が集められているのだ。
となれば、嫌でもあちこちから向けられる視線の数々……。
光雄も小山さんも、この視線に気が付いているようだ。
二人とも、慣れない状況にどうしたものかと苦笑いを浮かべている。
自分だけならもう慣れたものではあるが、こうして一緒にいる仲間まで困らせてしまうとなると話も変わってくる。
しかし、だからと言って対処法があるわけでもない。
この場をどうしたものかと俺も頭を悩ませていると、突然音洲さんは何かを思い出すように背負ってたバッグを開けてガサゴソと中を探り出す。
「あった!!」
そして音洲さんが鞄から取り出したのは、今日これから行うハイキングコースの地図だった。
楽しそうにその地図を広げると、小山さんとともにこれから歩くコースの相談を始める。
周囲のことなんて全く気にしていない様子で、ただ楽しそうに微笑む音洲さんの姿を見ていると、何だか頭を悩ませている自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
――そうだよな、今日は楽しまないとだよな。
その楽しみを阻害する要素があるのなら、排除すればいい。
でもその方法は、お気持ちや怒りを伝えるだけではないのだ。
俺は作り慣れた笑みを顔に張り付けると、こちらを見てくる女子達に向かって小さく手を振って応じる。
すると女子達も、嬉しそうに俺に手を振り返してくれたあと、満足するように自分達の班へと戻っていってくれた。
一々誰かに腹を立てたり、悩む必要なんてなく、たったこれだけで良かったのだ。
音洲さんのおかげで、そのことを思い出すことができた。
「ねぇ、どこでお弁当食べよっか!」
今もなお、地図を広げて楽しそうにお弁当ポジションを探している音洲さん。
そんな、誰よりも全開に今日を楽しもうとする音洲さんのおかげで、自然とこちらまで楽しい気持ちにさせられているのであった。




