名前を決めた
赤い草をむしり、時折チヨコが見つける獣を蟲娘である少女が狩り、運が良ければ手に入る謎肉を焼き、1日の始まりと終わりに少女の甘い嘔吐物を飲む。
そんな日々を過ごしながら我らは人里を目指して草原を移動している。
目的は食糧の確保である。
少女の嘔吐物を飲むのは仕方がないからだ。
好きで飲んではいない。
代わりに食べれる物が有れば喜んでそちらをいただこう。
排泄物とかじゃない限りはそうしたい。
蜜を飲むと体の調子が良い。
特に日中、草むしりをして体に蓄積された疲労感が無くなる。
それと…この草原に居る獣は少ないようであまり見つからない。
その上、狩りで肉が絶対に手に入るわけではない。
生きている以上、水と食糧は必須。
それを蜜で賄っているのだ。
あれは万能薬にして完全食、だから嘔吐物ではない。
薬だから、必要な食糧だから、飲む必要が存在するから服用している。
人里に入れたら食糧をいっぱい手に入れよう。
草むしりの旅をしている間に自身と少女の名前を考えた。
ふと思い返したら自分の名前も思い出せず、チヨコに尋ねると本来の名前は不明でゲームのネームしか分からないと答えられた。
だからそのネーム、キョウカを今後とも名乗る事にした。
なんとも聞き覚えがないけれど記憶をなくしているという事で納得している。
ちゃんとキョウカと呼ばれて反応できるように気をつけてたいところだ。
少女はアーリにした。
蟻型の蟲娘という事でそこから名前を考えた。
蟻がどんな虫か覚えていないがチヨコも絶賛していたから良い名付けをしたのだろう。
アーリは強かった。
草をむしりながら移動しているがチヨコが見つける獣を全てアーリが狩った。
残念ながらその戦う様子も狩った獣の姿もまだ見た事がない。
アーリが先行して戦い終わる前に自分が辿りつけないからだ。
とはいえ全戦全勝は凄いと思う。
どうやら三つ目の《首切り》というスキルで戦いがあまり長引かないらしい。
低確率で相手の首を切って即死させるらしいがアーリは刃物なんて用いていない。
どうやって首を切っているか不明だ。
ちなみに首以外は切れないらしい。
敵が全て首があると良いのだが。
それに今までは単体しか居なかったらしいが群れに遭遇した時はアーリだけでは対処が難しいのではないだろうか。
ポイントはあるのだし蟲娘を増やせばより安全になると思うのだが厄介な事にここでも食糧の問題があった。
蟲娘とは皆、大食いらしく今の肉の供給量ですらアーリ一人分にさえ届いていないらしい。
スキルのおかげで不足分を蜜で補っているが自分とアーリの分以上の供給は難しいらしい。
この食糧問題を解決せずに蟲娘を増やしても餓死か共食いが起きると言われればこちらも引くしかない。
ちなみにチヨコはお菓子の精なので食事を必要としないらしい。
代わりにお菓子のサガというか、人に食べられたいという欲求があるらしく、会話の間に己を食べるか聞いてくる。
この前の食べたいかという言葉は聞き間違いではなかったようだ。
聞かなかった話題として、かわしながら人里に辿り着いた時の事をチヨコに相談した。
「食糧を得る方法、ですか?
奪えばよろしいのでは?」
………それは最後の手段にとっておこう。
まずは話し合いから始めるべきだ。
争いは恐ろしい。
怪我や死に繋がるから恐ろしい。
できるだけ痛みから遠ざかりたい。
人と争わず世界を壊す方法を模索したいな。
矛盾してるようだけど仕方ない。
うーん、やはり物々交換だろうか。
ポイントを消費すれば色々な物が出せるし。
「マスター、強い蟲娘さえいれば大抵の事は暴力で解決できます。
アーリも、もうすぐレベルが上がる頃合いですし敵を倒す事だけに注力すれば世界は壊せます」
チヨコからの物騒な提案は聞き流すとして。
レベル?
なんか前も聞いた気がするけど…なんだっけ?
「ゲームのシステムの一つで蟲娘の強さを表しています。
一定数、敵を倒すとレベルが上がり蟲娘の身体能力が上がります。
さらに新たにスキルを三つ得る事ができます。
レベルは最大で5まで上げられます」
今でもアーリは強いと思うのに更に強くなるのか。
頼もしい限りだ。
そのレベルって自分にもあるの?
せめて身を守れるスキルとかが欲しいのだけど。
「マスターにはレベルはありません。
強いて言えば蟲娘の数がマスターのレベルに相当します」
うーん、そっか。
じゃあ食糧問題は早めに解決したいなぁ。
そうしたら蟲娘を増やせて安全性が高まるのに。
できればアーリが戦闘に向かっても身を守ってくれる子が欲しい。
うん、次は防御に特化した子をお願いしたいね。
「分かりました。
候補を考えておきます。
マスター、道を発見しました。
辿れば人里に出る可能性があります」
おぉ、それは幸先が良い。
ポイントも貯まってきたしこれならどんな物でも出せる。
草むしりでポイント稼ぎは中断して道を歩こう。
しゃがんだ姿勢から伸びるように立ち上がる。
背の高い赤い草で道なんて見えないが空を飛ぶチヨコが有ると言っているのならばこの先に道が必ずあるのだろう。
チヨコに誘導してもらいアーリと共に道を、人里を目指し歩きだした。




