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ランクチェス王記  作者: 北川 零
第一章 ヨハン親王
32/113

「紅の莎」(6)

胸を貫かれた後、彼女はすでに意識を失い、「道」をゆっくりと歩いていた。それでも、遠くで誰かが自分を想って泣いている声がかすかに聞こえた。振り返ると、

ジョンだった…。


彼を悲しませてはいけない。そう思って、彼女は必死に目をゆっくり開けた。最後に愛する人を見るのだから、最高の表情でいなければ。これは彼と向き合う最後の瞬間…。

ああ…悔しい?

もちろんだ――。

怒りは?

もちろんだ――。

悲しみは?

もちろんだ――。

じゃあ、彼を愛してる?

…うん…たとえ最初はあんなに臆病で、恥ずかしがり屋だったとしても。

でも、彼はとても純粋だった。彼は勇敢に私に告白して、勇敢に私を守ってくれた。たとえ最後は失敗したとしても、彼はすでに「勇者」だった。

だから、彼を悲しませてはいけない――。


「ネッサ…」


「…ジョ…ハン…私のことで悲しまないで…前に進んで…」


「全部僕のせいだ、僕のせいだ、僕のせいだ!!!」


ネッサはそっと首を振った。声はますます弱っていったが、目の前の人のため、そして自分の「勇者」をもう少し見るために。


「少なくとも…私は…他の誰かの手で死んだんじゃない…最後に…あなたの腕の中で…もう十分幸せ…」


最後の言葉はもう口にできなかった。彼女は永遠に目を閉じ、最も優しい微笑みで去った。手はジョンの顔から滑り落ち、まるで冷たい月の光のように、一切の温もりを失っていた

冷たく――


「ああああああああああ!!!」


ジョンは天を仰いで叫んだ。その叫び声はあまりにも崩壊し、悲痛だった。これは彼が背負うべきものではなかった。たった一日で、馬車での幸せな告白から、ネッサを自ら刺し、彼女が腕の中で冷たく死んでいくなんて、なんという皮肉な運命か。


「ネッサ…ネッサ…ネッサ…」


傍らでこの惨劇を見ていたローは、強い自責と罪悪感に苛まれた。彼はゆっくりジョンに近づき、後ろで跪いた。


「殿下…」


「…!」


その瞬間、ジョンは突然長剣を振りかざし、後ろに振り下ろした。突然の行動に、ローは体を仰け反らせてかわしたが、反応が素早かったにもかかわらず、剣先が左目を掠めた。


「うっ!」


「てめえを殺してやる…ロー…?」


ジョンは振り返り、背後にまだあの男がいるとばかり思って殺そうとしたが、そこにいたのはローだった。ローの左目からは血が流れ続けていたが、彼は跪いたまま、一歩も退かなかった。


「殿下…彼はもう去りました…」


「ロー…また人を傷つけたのか、僕…」


ジョンは自分の手にべっとりとついた血を見て、自分を許せなかった。愛する人は自分の手で死に、長年付き従った従者も今、自分の手で傷つけた。白い礼服と手袋は血で染まり、なぜ自分も死ねなかったのか…。彼は跪き、冷たく重い声で言った。


「ロー…だから、君が僕を救ったのか…」


「はい」


「君は僕を救うべきじゃなかった。あのまま殺されて、ネッサと一緒に死ねばよかった。そうすれば君も傷つけなかった…」


ローは左目を傷つけられても表情を変えず、いつものように手を差し出し、穏やかな声で言った。


「殿下、帰りましょう」


「なぜ…僕を恐れないのか…」


ジョンはローを見て、顔に自責の念を浮かべ、その場で死にたかった。ネッサは死に、僕も殺されるべきだった。

なのに、ローによって救われ、逆に彼を傷つけてしまった。また大切な人を傷つけた。


「殿下を守るのは私の務めです。全ては私のせいです。私こそ罰を受けるべきです」


「ロー…君ってほんと…いい奴だな…こんなの全部僕のせいなのに…」


「…」


ジョンはネッサの遺体を見やり、慎重に彼女を抱き上げ、血に染まったクライス家の屋敷を後にした。馬車に彼女を乗せ、ローが馬車を走らせた。ジョンは馬車の中で遺体を見つめ、静かに泣き続けた。この悲しみに満ちた夜は、ジョンの心に永遠に刻まれ、永遠の記憶となるだろう――

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