兄
一年前、
新エルク堡のヘックの部屋。ヘックはベッドに横たわり、顔色は青白く、唇も少しひび割れていた。
医者が彼を診察した後、国王に向かって言った。
「陛下、ヘック王子は…」
医者は言葉を濁し、悪い知らせを伝えるのが辛そうだった。
「王子のこの状態はあまり良くありません…おそらく…」
「何を言っているんだ!」
ヘンサーの声には焦りが混じっていた。医者と話しているにもかかわらず、彼の視線はヘックに固定され、目には不満と怒り、そして気づかれにくい不捨が宿っていた。
「どんなことがあっても!お前は彼を治すんだ。もしお前が無理なら、民間の医者を呼べ。誰か王子を治せる者がいれば、5000パグトの報酬を与えると言え!」
「陛下…承知しました。」
医者もまた憂鬱な気分だった。治療法を見つけるのは非常に難しいからだ。ヘックはその医者の苦悩を見て、ゆっくりと口を開いた。
「父王…もういいんです。彼を困らせないでください。僕の状態は…自分でも分かっています…」
ヘックは微かな声でそう言った。話すのもつらそうだったが、医者のためにそう言ったのだ。彼は他人に迷惑をかけたくなかった。しかしその声はあまりにも小さく、ほとんど聞き取れないほどだった。
「殿下!もうお話しにならないでください!」
医者は慌てて言ったが、国王はヘックを見つめ、一言も発せず踵を返して出て行った。
「陛下…殿下はゆっくりお休みください。治療法を探します。」
医者はそう言い、ドアを閉めて出て行った。部屋にはヘックとその弟だけが残り、重く抑圧的な雰囲気が漂った。
「相変わらず…あの人、ほんと頑固だな…」
ヘックは小さな声でつぶやき、隣にいる弟を見た。ヘンローは暗い表情で、ずっと黙って椅子に座り、ヘックに付き添っていた。
「ヘンロー、どうしたんだ?」
ヘックは優しく微笑み、冷たい手をそっとヘンローの手に重ねた。だが、その手にはもうほとんど力がないのが感じられた。彼はただ頑張っているだけだった。
「兄貴、死んじゃうの…?」
「さあな、俺にも分からない。でも、頑張って耐えるよ。…でも、ヘンロー、お前、めっちゃ強く握ってるな。」
ヘンローはヘックの手をぎゅっと握り、目に涙を浮かべていた。彼の心はただ一つ、「兄貴、死なないで。俺を置いていかないで」と願っていた。その思いが無意識に口から出てしまった。ヘックは弟の心配を聞き、泣き虫の弟を優しく慰めた。
「ヘンロー、そんな風に泣かないでくれよ。俺はお前にめっちゃ期待してるんだぞ。お前は騎士たちの憧れの存在だ。騎士道にも優れてるし、決闘では勇敢で、人に対する態度も優しい。お前は立派な王子だよ。」
ヘックはヘンローが黙ったままなのを見て、ベッド脇の引き出しから一枚の銀貨を取り出した。それを手に持ってじっと見つめ、ヘンローの手に握らせた。ヘンローはその粗雑に作られた銀貨の意味が分からず、困惑した表情で銀貨を見つめた。ヘックはその様子を見て説明した。
「これな、俺が初めて自分の領地を持った時に父王に命じられて作った最初の銀貨なんだ。あの時はめっちゃ嬉しくてさ、わざわざ鋳造師のところに行って、この型が作られるのを見守ったんだ。急いで作って、見た目も良くしてって頼んだけど、結局こんな感じになっちゃった。俺の肖像もあんまり似てないし、出来上がった最初の銀貨がこれだよ。見た目はイマイチだけど、俺はすげえ嬉しかったんだ。これがお前が持ってるやつだ。」
「兄貴、なんでこんなものを俺にくれるんだ…?」
「俺はな、お前がこの銀貨に刻まれる人間になってほしいって思ってるんだ。父王に認められる二人目になってほしい。」
ヘンローは俯き、しばらく迷った後、その銀貨をヘックの手に戻した。
「そんなの無理だよ。父王は俺のこと嫌ってる。俺が何をしても満足してくれない。領主になんて絶対させてもらえない…」
ヘックはヘンローを見て、再び銀貨を彼の手に握らせ、指をしっかり閉じさせた。そして小さく首を振った。それは弟に対する確信だった。父王はきっとこの弟を高く評価するはずだという確信。
「父王のあの態度を見てるとそう思うかもしれないけど、あの人はただ気持ちを表現するのが苦手なだけなんだ。小さい頃、俺もあの人を威厳があって怖いって思って、目を見て話すことすらできなかった。でもな、昔、訓練中に転んで痛くて泣いてた時、父王が近づいてきて、俺を抱き上げて、髪を撫でて、顔をそっと触って『泣くな』って言ったんだ。そして部屋まで抱っこしてくれて、傷口を自分で包帯してくれた。あの時、俺、ほんとにこれが父王か?って思ったよ。後で涙まで拭いてくれて、信じられない気持ちだった。」
「父王がそんなことするなんて…あの不機嫌そうな顔で?」
ヘンローは涙を拭い、半信半疑だった。なんせ彼が知る父王は褒めることすらしない人だった。子どもの頃、母ヨティアだけが彼を褒めてくれた。父はいつも冷ややかな目で見るだけで、試合に勝ってもただ頷くだけだった。だからヘックの話はまるで作り話のようだった。
「あの人は口に出さないだけだよ。気にしないわけじゃない…」
ヘックは言い終わる前に激しく咳き込んだ。手で口を覆ったが、指の隙間から血が滲むのが隠せなかった。
「兄貴!大丈夫か!? 医者を呼んでくる!」
ヘンローが医者を呼びに行こうとした瞬間、ヘックは彼の手を掴み、咳をしながら首を振った。
「咳っ! 医者はいい…慣れてるんだ。咳っ! このままで…しばらくすれば落ち着く…」
ヘックが苦しそうにしているのを見て、ヘンローは心から心配した。彼は兄の手を握り、咳が落ち着くのを待ってタオルを取り、ヘックの口元と手を拭いた。
「こんな汚いもん、拭かなくていいよ。」
「兄貴、俺は気にしてないよ。でも、絶対に頑張って耐えてくれ。俺が領地を持って、父王に認められたら、俺の肖像が入った最初の銀貨を兄貴に贈るよ! 兄貴、絶対に耐えてくれ!」
ヘンローはヘックの淡い青い目を見つめ、決意を込めてそう言った。ヘックは弟の固い決意を感じ、優しく微笑んだ。
「ヘンロー、大きくなったな。こんなしっかりしたこと言うなんて。昔のお前ならこんな風に力強く言わなかったよ。俺、頑張るよ。お前のその銀貨、待ってるから。」
その時、空の雲が晴れ、隠れていた月が現れた。白い月光が窓から差し込み、二人は空を見上げた。その星空はまるで宝石のように輝き、流星が願いを叶えるかのように横切った。ヘンローは銀貨を取り出し、月に向かって掲げ、兄に微笑みかけた。ヘックはその姿に一瞬驚いたが、すぐに優しく笑い返した。「この弟、めっちゃ可愛いな」と思いながら。