「紅の莎」⑵
いつの間にか夕陽が沈み、空はすっかり暗くなっていた。しかし、遠くにクライス家の屋敷が見えてきた。馬車は必ず通る森を抜け、外の景色は全く見えなくなり、真っ暗な闇に包まれた。馬車の内部の灯りだけがまだ輝いていた。
「ネッサ、毎日こんな風に帰ってるの…?」
「ううん、普段はこの森には誰かが灯りをともしてくれるんだけど…今日はいったいどこに行ったの?」
今日のこの森はいつもと違っていた。普段ならあるはずの灯りが一切なく、使用人たちの姿も見当たらない。何か起こりそうな不気味な雰囲気だった。
屋敷の門に着いたが、迎えに出てくる人は一人もいなかった。窓から見ても屋敷の中には明かりがなく、虫の鳴き声だけが響いていた。
「今日、父上と母上は出かけてるのかな?誰かいる?帰ってきたよ!」
ネッサは疑問を抱きながら大声で呼びかけたが、返事はなかった。そのため、彼女は一人で屋敷の中に入り、ジョンには門のところで待つように言った。しかし、ジョンも一緒に入ろうとした。この状況があまりにも異常だと直感したのだ。屋敷に誰もいないなんてありえない。
「ネッサ!僕も一緒に入るよ!」
だが、そのとき馬から降りたばかりのローがジョンの腕をつかみ、行かないように止めた。
「殿下、これは異常すぎます。入らないでください!」
「君も異常だってわかってるだろ!貴族の家に使用人が一人もいないなんてありえない!だから、離して!ネッサを探しに行く!」
ジョンはローの手を振りほどこうとしたが、ローの力は強く、しっかりとつかんで離さなかった。命令してもローは手を緩めず、何か問題があると確信しているようだった。ジョンは隙をついてローの手を強く噛んだ。
「っ!」突然の痛みにローは小さくうめき、思わず手を離した。ジョンはその隙に振り切って屋敷の中に駆け込んだ。ローは仕方なく後を追ったが、ジョンはすでに姿を消していた。
ジョンは屋敷の中を必死に探し回り、心の中で何事もないことを祈り続けた。どの部屋も真っ暗で、誰もいなかった。不安に駆られながら探し続け、ようやく二階の寝室でネッサを見つけた。興奮して彼女を背後から強く抱きしめた。
「ネッサ!大丈夫!?」
「ジョン!どうして入ってきたの?外で待っててって言ったよね?」
ネッサはジョンが入ってきたことに驚いた。てっきり外で待っていると思っていたのだ。しかし、ジョンはそんなことを気にする余裕はなかった。彼はネッサの手を握り、急いで外に走り出した。この屋敷が危険だと感じていた。人っ子一人いないクライス家の屋敷。
「早く出よう、ここ、なんかおかしいよ…」
「でも…父上も母上もどこに行ったかわからない。いつもなら何かメモでも残すのに…今日は何も…」
「父王と食事に出かけただけかもしれないけど、誰もいないのは本当に変だよ」
ジョンは慎重に周囲を見回した。廊下は恐ろしいほど静かだった。彼はネッサの手をそっと引き、壁に飾られた装飾用の長剣を手に取って身を守る準備をした。廊下の奥から突然物音が聞こえ、ジョンはすぐに剣をその方向に構え、慎重に一歩ずつ進んだ。ネッサはその後ろに続いた。
ネッサが宴会場の扉を見つけて、小声でジョンに言った。
「ジョン、ここを通れば玄関に近いよ。この道で行こう」
「うん…中の様子をよく見て…」
ネッサが慎重に扉を開け、ジョンは背後で廊下を警戒し、突然の襲撃に備えた。しかし、扉が開くと、ネッサは突然立ち止まり、恐怖に満ちた表情を浮かべた。まるで何か恐ろしいものを見たかのようだった。
ジョンは背後が見えず、彼女が止まったのを感じただけだった。
「何かあった?」
「…」
「ネッサ?」
「…ジョン…見て…これ…」
ネッサの震える声がそう言い、彼女は地面を指差した。ジョンがその方向に目をやると、瞳が震えた――
「…!」
地面には数人のメイドが首を折られ、恐怖に満ちた目を開けたまま倒れていた。死んでからそれほど時間が経っていないようだった。
ジョンは信じられなかった。こんなにも多くのメイドがここで死んでいるなんて。彼はますますこの場所の危険を感じ、心に浮かんだのはただ一つの考えだった。
逃げろ…
早く逃げろ!!
ネッサを連れて早く逃げろ!!!
宴会場にはメイドたちの遺体以外に生きている人はまだ見えなかった。彼らは遺体をまたぎ、ジョンは周囲を警戒しながらネッサを守った。他に敵がいるかもしれないし、ローの行方もわからない。




