「黒袍王」
ヨハン、なぜあそこに…
なぜこんなことになったんだ…俺のせいか?
何してるんだ!?やめてくれ、ヨハン…
小さなヨハンはゆっくりと短剣を引き、左手にあてて傷をつけた。あ、血が、止まらずに流れ出し、腕全体を赤く染めた。
あ…ロウ、見て、血が腕から流れ出してる…たくさんだ…
でも…痛い、痛い、痛い…
ヨハン…やめて…お願い、こんなことしないで…俺…
ロウ、俺だ…全部俺のせいだ…俺が「彼女」をこんな風にしたんだ…
いや、俺だ…俺のせいだ…
「ロウ、起きて」
ロウはかすかに誰かが呼ぶ声を聞き、重い瞼を半分開けた。
殿下か…いや、よく見ると、またあの少年だ。
「またお前かよ」
「うん、また来た。朝食持ってきたよ。殿下、城を死守するつもりらしい」
ロウは朝食を見た。こんな朝早くから魚がある。まあ、海辺の町だからな。
「で、なんで来たんだ?」
「町の人間に会いたくなくて。昨日、兵士たちがやったことで、町の人は俺たちを見ると殺したいような顔をするんだ」
「…」
「でも、主にロウに会いたかった。お前には将軍の傲慢さがなくて、他人を見下したりしないから」
城の高い場所からは、遠くに軍が見えた。黒馬に乗った騎士たちが、まるで疫病の到来のようだった。先頭はそばかすだらけの顔に赤い巻き毛、鋭い目つきの男。
ホブム、「黒袍王」だ。彼は丘の上に立ち、遠くを見ていた。
「ふむ、手紙の情報は本当だったな」
「将軍、攻城しますか?」
「攻めても攻めなくてもいい。あんな場所を選ぶなんて、逃げ場もないし、物資も届かない。頭が悪いな」
ホブムはソドリンの地形を観察し、冷笑して兵士に野営を命じた。
ソドリン城は城壁があるが、背後は海辺の崖。本来はガクリン王国の海路侵攻を防ぐためのものだったが、今は城内の者を閉じ込める石の牢獄と化した。
ヨハンの軍の食糧や物資が尽きるのを待てばいい。最も簡単な方法だ。
「将軍、ヘンロー国王も来るようです。出迎えますか?」
「陛下は彼に知らせてなかったはずだ。なぜ来る?」
「分かりません」
ホブムはため息をついた。ヘンローが来れば計画が乱れる。彼は戦場に出たこともない新米だ。
その頃、ヘンローの軍はソドリン城へ向かい、ホブムと合流して攻城を協議する準備をしていた。
「陛下、セニ川を渡ればもうすぐソドリンです」
「王弟がソドリンにいるなら攻めやすいな。昔からそうだけど、反乱すら戦いを避ける。あいつは昔からこうだ…でも、あの出来事の影響で…今こうなったんだろうな…」
「ヨハン殿下のあの話、俺も聞いたことがあります…」
「もう言うな。あの件は父王が封印を命じたんだ」
ナクトは頷いた。王室の封印された話はタブーだ。深く詮索すれば、王国の貴族の「表面的な調和」に影響するかもしれない。
ソドリンに着いたのは一日後だった。丘の上にホブムの軍営の灯が見えた。ヘンローはまず伝令を送り、ホブムに到着を伝えようとした。
「ナクト…行ってくれるか?」
「私は陛下の従者です。陛下の命令なら当然従います」
ヘンロー、そばで支えさせてくれ…協力させてくれ…
「陛下、伝令に行きます。すぐ戻ります」
「うん…」
ナクトは馬で森を抜け、軍営に着いた。そこには屈強な兵士たちがいた。さすが「黒袍王」の兵だ。黒い鎧をまとい、戦場を経験した精鋭ばかり。軍の規律は驚くほど高かった。入るとすぐ、黒髪に碧眼の男が案内してきた。
「国王陛下の伝令の方ですね。こちらへどうぞ」
「分かった」
将軍のテントは一番奥にあったが、入った瞬間、兵士たちの奇妙な視線を感じた。軽蔑のような目つきに、ナクトは不快感を覚えた。将軍のテント前には二人の兵が守っており、案内人が何か話すと彼を中へ通した。ホブムは中央に座り、待っていた。
「ヘンローの者か?」
「…はい、将軍」
「彼は何をしたい?」
ナクトは将軍の嫌悪感と強い軽蔑の口調をはっきり感じた。
「陛下はあなた方と協力し、ヨハン親王の謀反を鎮圧するつもりです」
「ふむ、いいだろう。だが、知ってるだろ?私はヘンサー陛下の命令で来たのであって、ヘンローのではない。君たちの命令を全て聞くわけじゃない」
「…」
「それに、彼は戦場の新米だろ?主要な作戦を邪魔しないよう、ヘンローにそう伝えろ」
「了解ですが、将軍、少々失礼ではないですか。ヘンローも国王です」
ナクトは声を低くし、不満を込めてホブムに言った。彼はヘンローの騎士だ。仕える国王を軽視されるのは許せなかった。
「戦場で実績を上げてから言え。それと、彼に伝えろ。俺たちは包囲戦の予定だ。向こうの資源が尽きれば勝手に出てくる」
包囲戦か。だが、ヘンローはそんなに待てない。とりあえず戻って報告しよう。
貴族や大臣たちの前でのヘンローの約束…
「分かった。報告に戻ります。だが、将軍、国王陛下にもっと敬意を払ってください…」
ナクトがテントを出ると、ホブムは興味深そうに彼の背中を見て、何か考え、笑った。
「彼は『脱却』できるのか?いや、彼ならそんな結果にはさせないだろう、ふ」
外では、ナクトを案内した男が再び彼を送り出した。彼はホブムについて不満を漏らした。
「気にしないでください。将軍はああいう人です。傲慢だけど、部下には良いんですよ」
「だが、陛下が見下されてるのは確かだ。ところで、君は将軍の何者だ?わざわざ案内させたくらいだし」
「ただの副官ですよ。カト・ニドミン、小さな騎士の家系です。君には及ばないよ、哈哈」
「いやいや、俺たちはみな神に仕える者だ。俺にとっては同じだ」
カトはナクトを見て、笑顔が固まり、諭すように言った。
「確かに俺たちは神の僕だ。だが、戦場では神はただ見ているだけ。どちらの側にもつかず、それが絶対の公平だ。俺たちはそれを受け入れるしかない」
「うん…」
ナクトは馬に乗り、カトと別れを告げた。この軍営でカトは比較的友好的な人間だと感じた。




