虚無の忠僕⑷
「勝機はあるか……ヒグにこの戦いを勝たせることは。 だが、この状況を見ている限り、もう無理だろう」
ロの攻撃が急に激しさを増した。 だがロにとってこれは「激しい」ものではない。 ただの普段通りの攻撃にすぎない。 もし彼が昔のように「屠殺」を始めたら、ここにいる全員――城内で待機している兵たちまで、すでに「掃除」されていたはずだ。
彼はそんな戦い方でヒグと対決したくなかった。 あの「自分」に戻ってしまうから。 だが、心のどこかで「生物」たちが、彼を再びその姿に戻したがっている。
「くそっ! さっきまで手加減していたのか! 急にこんな猛攻を!」
ヒグは徐々にロの攻撃を防ぎきれなくなり、一歩、また一歩と後退していく。 頬に切り傷、手腕に裂傷、首筋からは血が流れ出していた。 だが大動脈には届いていない。
「ヒグ様、もうお終いにしましょう」
ロがヒグの右手を斬りつけた。 その速さは到底避けられるものではなく、まるで急降下する鷹のようだった。 手甲で守られていたとはいえ、骨に達するほどの深い傷。
ああああああああああああああああああ!!!!!!!
ヒグは狂ったように血を噴き出す右手を押さえ、苦痛に叫んだ。 銀色の剣が音を立てて落ちる。 剣に染みついたのは敵の血ではなく、「剣術の天才」と称された主人の赤い血だった。
「ヒグ!!! 早く治療を!!!」
カトが慌てて駆け寄り、ヒグの傷口を強く握ってこれ以上の出血を防ごうとする。
地面に座り込み、苦痛に歪むヒグだったが、それでも首を上げ、自分を倒したロを見据えた。 無茶な罵声は吐かず、苦しげに一語一語を絞り出すように問いかけた。
「お前……俺の手を完全に切り落とすこともできたはずだ。 だが、骨に達する寸前で止めた……」
ロは静かにヒグとカトを見つめ、その問いに答えず、 傍観していたホブムに向かって再び繰り返した。
「将軍閣下、どうかヨハン殿下をお許し願えませんか?」
「……俺の部下をあれほどまでに傷つけておいて、 まだ無事に帰れると思っているのか。 元々逃がすつもりなどなかったが、今はなおさらだ」
ヘンリーも前に出てヒグの様子を確認した。 血が噴き出る量が尋常ではない。 ヘンリーは急いで自分のマントを切り裂き、ヒグの傷口を包帯代わりに巻き始めた。 まるで、かつて同じような場面を経験したかのように手慣れた手つきで。
「陛下……どこでそのような手当てを? まるで慣れていらっしゃるようで……」
ヘンリーは傷を巻きながら、カトの疑問に答えた。
「昔、母上が教えてくださったのです。 『いつか必ず役に立つから覚えなさい』と。 それで私は覚えました」
「……なるほど……ではお母上も相当お強い方で……」
「母上はこの言葉を聞いて、きっとお喜びになるでしょう。 ――巻き終わりました! 早くヒグ様を治療に! このままでは失血过多でショック死してしまいます!」
カトがヒグを後方へ運んでいく。 ヘンリーはわずかに視線を逸らし、穏やかな眼差しが徐々に消え、静かな怒りに変わった。
「ロ、先ほどお前の軍の将領が、我々に頼んできた。 お前を許してほしいと。 お前はそれほど恐ろしい人間ではないと。 たとえお前がヒグ様の手を斬ったとしても、私はもう一度聞く。 ロ、お前はまだ降伏する気はないのか」
「……陛下、私が出てこなければ、もう殿下をお守りする者はおりません。 ですが……」
ロは隅に横たわるヨハンを見て、言葉を喉に詰まらせた。 なかなか続きを口にできない。
「ですが?」
「ですが……殿下をお許しいただけるなら、 私は今すぐ自らの命を絶ちます。 陛下、それでご納得いただけますか……」
ヘンリーの胸が詰まる。 一方で、ロが死すら厭わずヨハンを守ろうとする忠義。 他方で、ヒグに負わせた傷への憤り。 そして、そもそもヨハンを許せるのか――という葛藤。
「ロ……つまり、お前はどんなことがあっても降伏しないということだな……」
「はい……ヨハン殿下が船でこの国を離れるだけで結構です…… 殿下は二度とこの地に足を踏み入れません……」
ヨハンは静かにそれを見つめ、口を挟まなかった。 いつものように即座に叱責することもなく、 まるでロの言葉を受け入れたかのように。
だが、今の状況では何もかも受け入れてしまっている。 反駁する気力すらなく、 ただ壊れた人形のように隅で眺め、 処分を静かに待つだけだった……




