虚無の忠僕⑴
階段を降りてきたローは、ただ静かに前方の群衆を見渡すだけで、手に稊の刃を握りしめていたが攻撃は仕掛けなかった。最優先はジョンの傷を確認することだった。
ジョンのブーツを脱がせると、左足はすでに紫色に変色している。これ以上動けばさらに悪化するだろう。右手も赤く腫れていて、左足ほどではないものの、もう物を握ることはできないはずだ。
「殿下……お気に召しましたか?」
「この姿を見て満足したように見えるか? 見ろよ、どれだけ惨めか……またお前にこんな姿を見られてしまって……悔しい……」
ジョンは唇を軽く噛み、涙が再び目尻を伝った。右手で拳を握ろうとするが、ただ震えるだけで、なんとか指を曲げて握り拳を作るのが精一杯だった。
ローはジョンの震える指を自分の手で包み込み、しっかりと握り拳にしてやり、悲しみと後悔に満ちた目で見つめた。
「守れず……本当に申し訳ありません……」
「俺が逃がしてもらったことくらい、わかってる。でも、それだけは責めたくない……」
傍らでその様子を見ていたヘンローは、知らない男がこれほどまでにジョンを気遣う姿に、ほんの少しだけ安堵を覚えた。
だが同時に、この男がここまで大事に思うなら、ジョンを殺させたり苦しめたりは絶対に許さないだろう。戦いは避けられない。
しかし、先に口を開いたのは長く傍観していたホブムだった。もうこの感傷的な場面には飽き飽きしていた。
「階段降りてきて即座にご主人様の心配か。剣を構えてるってことは、明らかに主を守る気満々だな。お前は一体何者だ?」
ローはジョンを抱き上げ、そっと脇に休ませると、ヘンローの方を向き、ホブムはまるで無視するかのように、しかし彼に向けて答えた。
「無礼をお許しください。ですが私の最優先は殿下の安全です。どうか殿下をこれ以上傷つけないでください。せめて、最後の体面だけは……」
「は? 反逆者に体面とか言ってるのか? お前、本当に状況わかってんのか?」
後ろの群衆はブーイングを続けている。彼らがこの提案を受け入れるはずがない。今の彼らにとって、ジョンの死こそが最大の望みなのだ。どんな言葉をかけても無駄だ。
「申し訳ない。無駄だとわかっています。でも、殿下の安全だけは……」
「で、お前は誰だっけ。ああ、そうか、ジョンのそばでいつも保母みたいについてた随従だろ」
シグは少し挑発的な口調で言ったが、ローはただ小さく頷いただけだった。それにシグは少し苛立った。急に降りてきて、丁寧な口調で命乞いかよ、と。
「名前くらい名乗れよ。礼儀正しそうなクセに、礼儀ゼロじゃねえか」
「ローと申します。ジョンのそばに仕える傭人で随従です」
その間ずっと、卡托はローを凝視していた。言い知れぬ違和感があった。ロ個人だけではなく、彼が握るその剣と合わせたときに「奇妙」な何かを感じる。卡托が見たことのない類の剣だった。
「将軍、あの男……本当にただの随従ですか? それとも俺の気のせいでしょうか」
「お前の勘は正しい。あれは単なる随従で片づけられる男じゃない。常に警戒を怠るな。場合によっては……奇襲もあり得る」
ヘンローは慎重に、しかし穏やかに尋ねた。この男は傲慢ではなく、ただ忠誠心だけで動いているように見えた。
「ロー……戦わずに済ませられませんか?」
「はい、ヘンロー陛下。しかし条件があります。ジョン殿下の命を奪わないこと。そして苦しめないこと。全ての罪を赦してください」
「それは……さすがに無理があります。彼の罪は赦されるようなものでは……」
「そうですよね。理解しています。すでに多くの犠牲が出ましたし、反逆の罪が消えるはずもありません」
先ほどローに降伏を勧めた将軍が再び進み出て、逮捕に協力するよう説得したが、ローは静かに首を振った。
「ご厚意は感謝します。しかし、私は結局殿下の人です。皆がなぜ反旗を翻したのか、責めるつもりはありません。結果を見てから変えるのは構いませんが、私は殿下に忠誠を誓った傭人です。だから、降伏はできません」
シグが前に出た。鞘の中で長いこと眠っていた宝剣を撫で、次の瞬間には抜き放つという構えで、ニヤリと笑い、待ちきれない様子で言った。
「つまり、一戦交えるってことだな? でもお前一人だぜ? こっちは大勢いる。お前一人でどうにかできると思ってんのか?」
「どうやら、そうなるようですね。仕方ありません」
「将軍の手を煩わせなくても、俺だけで十分片付けられそうだな。お前みたいな凡庸で愚かな下僕がよ」




