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ランクチェス王記  作者: 北川 零
第一章 ヨハン親王
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暗夜の襲撃⑵

敵軍を従えながら、どれほど不自然な存在であろうとも、この一身の「黒衣」を纏い、将軍と共に城塞の内部へと足を踏み入れる。正面の小門ではすでに敵方の出迎えが待っており、上方の高所からは常に城の兵士たちが監視の目を光らせている。

黒袍の兵が消えたことが発覚しないよう、ヘンロは自軍にソドリン城の各出入り口を固めさせた上で、さらに一つの指令を下した。――自軍の兵に黒袍軍の装備を着せ、黒袍軍の陣営に留まらせ、ヨハンに悟られないようにせよ、と。

下では暗流が激しく渦巻いている。 ローはかすかな違和感を覚え、隣の観測兵から望遠鏡を奪い取り、下方の黒袍軍を見据えた。得体の知れない危機感が背筋を這う。

偽装兵たちの不真面目な様子や、妙な歓声が耳障りだ。これが最も致命的な綻びだった。ローは一瞬でこの穴だらけの策を見抜いた。だが過剰に緊張することはなく、ただ観測兵に監視を続けるよう命じただけだった。


「ロー様? 何か……?」


「いや、君は見続けていればいい。俺は今、ヨハン殿下をお守りしに行く。……どうせ、もう逃げられない」


「え……?」


ローは城楼を降り、呆然とする若年の偵察兵をその場に残した。偵察兵はいまだに何の異変にも気づいていない。まるで何も起こっていないかのように。

部屋の扉を開けると、ヨハンは濡れた布で身体を拭い終えたところだった。自分が汚れている気がしてならず、傷跡を執拗にこすり続け、消し去ろうとしている。


「殿下、もうおやめになってはいかがでしょう。すでに兵力の半分以上を失いました。残りの半分も、ただの不確定要素に過ぎません」


ヨハンは答えず、ただ動きを止め、窓の外に広がる漆黒の海を見つめた。何も見えない。それでも星空だけは、かすかな希望を灯している。


「……殿下、今逃げても逃げ切れませんよ……」


ヨハンはゆっくりと振り返った。身体を覆っていたタオルが落ち、痩せ衰え、傷だらけの惨めな肉体が露わになる。何度修復しても、痛みを隠しきれなかった。


「ロー、俺の身体に……まだ何か残ってるか? 汚いだろ……」


「いいえ、殿下のお身体は清潔です。何一つ余計なものはついておりません……」


ヨハンは再び自分の身体を見下ろし、不満げに眉を寄せた。タオルを手に取り直し、すでに赤くなった皮膚をさらにこすり続ける。傷だらけの肉体を、なおも。


「やっぱり汚いか……まあ、そう言うだろうと思ったよ」


「殿下、これより先、俺は一歩もお側を離れません。ここでずっとお守りいたします」


ヨハンは薄くローを一瞥し、明かりの灯っていない寝室へと入っていった。


「……勝手にしろ」


「かしこまりました。殿下をお守りいたします……」


ヨハンは扉を閉めた。ローはその扉を見つめ、ついさっき見たヨハンの背中を思い出し、静かに拳を握りしめた。

視線を移すと、窓辺に細長い箱が置かれている。箱には精緻な蛇の文様が刻まれ、三頭の蛇の家紋が浮き彫りになっていた。

この箱はローが常に携えていたものだ。決して忘れられない品。遠く離れた場所から今まで唯一寄り添ってくれた宝物。そして、思い出すのも辛い記憶。

ローの胸は激しく葛藤した。だが結局、首にかけていた鍵でその美しい箱を開けた。

中には血に染まった黒布が敷かれ、異様な剣が包まれていた。

鋭い刃の輝きは今も変わらない。ねじれ、裂けた剣身。長い間、血肉に浸かっていない。

ヴィスカル家の象徴武器の一つ――「稊のていのは

剣先は三つに分かれ、三叉戟のごとく。剣身の波紋は蛇がうねる如く。柄には卵形の緑色のガラス製培養槽があり、その中には正体不明の生物の胎児が浮かび、液体に守られている。


「……また会えたな。お前は相変わらず、肉の中で蠢きたいのか……。いっそこの両手を斬り落として、二度と触れぬようにしてやりたい……」


触れた瞬間、ローはかつての恐ろしい自分を取り戻したかのように感じ、慌てて剣の柄から手を離した。この両手は、もう久しく激しく震えたことがなかった。

かつて愛した剣が応えた。

培養槽の中の生物が身じろぎし、くるりと向きを変え、気泡をいくつか吐いた。


「……答えなくていい。俺は自分で動く。お前は出てくるな……」


ローは再び剣の柄に触れた。心臓が激しく鼓動する。「稊」は無上の喜びを感じているようだった。ローは家中の長子でありながら、この「稊の刃」を理解できていない。卵形ガラスの中のものは、ただの高貴で歪んだ装飾品だとばかり思っていた。

激しい鼓動を、両手で握りしめて抑え込む。やがて心拍は平常に戻った。さっきの感覚が去った後、ローはひどく疲労していた。だが、同時に感覚が戻った。


「殿下……これが最後かもしれませんね。あなたをお守りする……逃げないと決めた以上、向き合うしかない……」

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