二人の勇者の“お父さん”
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みそすーぱーです。
~前回のあらすじ~
リリニシアの準備を待つ間、スウォルは師・グラウムの元を訪れていた。
「本番前に勇者の盾の使い心地を確かめておけ」と、グラウムは手合わせを提案する。
及ばずながら食らいつくスウォルだったが、準備を終えたリリニシアとシェリルが現れ、手合わせは水入りに。
しかしスウォルは、「引き分け」の評価をもぎ取った。
シェリルと共にこれまでの感謝を伝え、旅立ちの前に父の元へと向かうのだった。
三人が道場から出てしばらく。
「まずは食いモンだろ!?」
「薬でしょ!?何があるか分からないのよ!?」
「あ、ご覧なさいお二人とも!綺麗な宝石が売ってますわよ!」
“予言の子”だと言う双子のみならず、姫であるリリニシアまで現れ、困惑する商人の前で、思いっきり揉めていた。
「山ほどの肉を買わなきゃ始まんねぇよ!」
「大量に買ったって腐らせるだけじゃない!薬が最優先よ!」
「あら、このドレス素敵ね!素材は何を使ってらっしゃるの!?」
「肉!!」
「薬!!」
「まっ!かんわいいですわ~!これなんて動物ですの!?」
…そんなこんなで、結局それぞれの意図を組み、ある程度の水と食料、傷薬や解毒薬など買うことになったのが、量の調整で難航し、急激に疲れはてた商人との取引を終えるまで30分以上の時間を要した。
リリニシアの主張は無視された。
「機嫌を直してください、リリニシア様」
「そうですよ。旅に要りませんって、宝石とかドレスとか動物とか」
「ふーん。どうせワタクシが何を言おうと、二人がかりで却下するんですわ」
“それが出来たら連れていかないんだけどなぁ”と思う二人だが、余計に拗れそうなので口には出さなかった。
が、口に出さなくても、リリニシアは勝手に拗れていった。
「というか気になってたんですけどね!なんなんですのお二人は!ずいぶんと余所余所しかぁございませんか!?」
「そんなこと──」
スウォルが否定しようとしたが、リリニシアはその隙を与えない。
「あ~り~ま~す~ぅ!前は“リリーちゃん”って呼んでくださってたじゃありませんか!」
「あれはまだ幼くて、リリニシア様のお立場を──」
シェリルも続くが、やはり結果は変わらない。
「まーた言いましたわホラ!“リリニシア様”!!他人行儀で嫌ですわー!!」
“あぁ、これは大変な旅になるな”と、二人は改めて確信した。
なんとかリリニシアをなだめながら歩みを続け、三人は城下街の外れにある、小さな小屋に辿り着いた。
「会うの久しぶりだから、ちょっと緊張するわね」
「元気にしてっかな~…父さーん!」
スウォルが外から大きな声で呼び掛けると、小屋の中から一人の男が現れた。
「父さん、久しぶり!」
「あ、あぁ…シェリル、スウォル…。誕生日おめで…リ、リリニシア様!?」
「ごきげんよう、クーヤイ様」
「あ、はぁ…。こ、これは…?」
「父さん、気になると思うけど、まずは中に入れてくれない?」
「す、済まない、そうだな。入ってくれ…リリニシア様もどうぞ」
剣と盾を別々に受け継ぐことになったこと、使者として他国を回ること、リリニシアの加入。
小屋の中で二人は、王城での出来事を父に語った。
「…そうか」
「それでまずはハリソノイアに向かわなきゃならないんだけど──」
「なんだと!?」
シェリルが旅の最初の目標を口にすると、クーヤイは大きく目を見開いた。
「え…ど、どうしたの、父さん?」
「ハリソノイアに!?ここから!?」
「そうだけど…」
「他の国からじゃダメなのか!?」
「まずハリソノイアにって言われたわ」
「何故…陛下はなんと!?」
身を乗り出す勢いで食って掛かる父の姿に疑問を抱きながら、シェリルは答えた。
「えと…最近統治者が変わって国が混乱してるから、近付くなら今、って…」
「…」
今度は黙り込み、歯をガチガチと震わせた。
小難しい説明はシェリルに任せ黙っていたスウォルも、思わず口を開く。
「と、父さん?どうしたんだよ…?」
「そういえば──」
出立の前の親子の時間を邪魔してはならぬ、と大人しくしていたリリニシアが、おもむろに口を開いた。
「クーヤイ様はかつて、兵士としてお祖父様に仕えておりましたわね。ハリソノイアとの戦いにも?」
「…はい、参加いたしました」
「それでお二人を行かせたくないのですね。当然でしょう。愛する我が子なのですから」
「…」
「父さん…」
気恥ずかしいのか、クーヤイは黙って目を伏せた。
リリニシアは明るく笑い、言葉を続ける。
「ご安心なさってください。お二人は、かのグラウム様が認める腕前をお持ちです。加えてこのワタクシが、全霊で支えます。ハリソノイアが相手でも恐れることなどありませんわ!」
「…」
「それにワタクシたちは戦いに行くのではありません。平和の使者として、彼の地に赴くのです。ハリソノイアとしても、ヤクノサニユの姫を相手にいきなり戦いを仕掛けては来ないでしょう。国際問題になりますもの」
「父さん…」
穏やかに、饒舌に語るリリニシアを見るシェリルとスウォルは、“姫らしいことを言っている”ことに驚きつつ、この場を任せることにした。
「お二人を…“ご自分の子達”を信じてあげてください、クーヤイ様」
「!!」
俯いたまま体を一瞬強ばらせると、肩を小さく震わせ始めた。
小さく丸まった父の背中に、スウォルは語りかけた。
「…父さん、安心してくれよ。俺らだってもう16だ。千年前の勇者が旅に出たのと同じ歳なんだぜ。なぁ姉ちゃん」
「…」
「姉ちゃん?」
もしも今、私も旅になんて出たくないと言えば。
戦いなんてしたくないと言えば。
殺すのも殺されるのも嫌だと言えば、父は“行くな”と言ってくれるだろうか。
すがり付きたい気持ちを抑えることで精一杯だった。
「…そうね」
クーヤイは動かない。
スウォルは立ち上がり、シェリルとリリニシアに目を向け、父に言った。
「…もう行くよ、父さん。父さんを見ていたら、決意が鈍っちまいそうだ」
「…」
「ワタクシが必ずお二人の力になります。寂しいかとは思いますが、しばしの間、辛抱なさってください」
「…行ってきます」
スウォルの挨拶を最後に小屋のドアを閉じると、三人は振り返ることなく、静かに歩き去っていった。
閉じるドアに遮られゆく三人の背に、一人残されたクーヤイは、収まらぬ震えの中、呟いた。
「行かないでくれ…彼処には…!!」
彼の言葉は、三人に届くことはなかった。
「ワタクシ、こんなにお城から離れたの初めてですわ!」
城下街を抜けるとリリニシアは振り返り、王城を眺め、鼻息を荒くした。
そんな様子を見て、スウォルは笑みを浮かべる。
「リリニシア様はそうかもしれませんね」
「そうですわよ!窮屈で仕っ方ありませんわ本当に!」
「もしかして、それで同行を?」
「…お二人の力になりたいのも本心ですわよ!」
否定はされなかった。
雑談をしながら楽しげに歩みを進める二人を、一歩下がって追うシェリルは話に混じらず俯きながら、トボトボと力なく歩く。
「…シェリルさん!」
「…え、はい?」
リリニシアの声に顔を挙げると、二人は立ち止まり、振り返ってシェリルを待っていた。
「どうなさいましたの?すっかりお静かになられてしまって」
「あ、その…」
「せっかくの旅ですのよ?もっと盛り上がって参りませんと!」
「あ、はは…そうで、すね…」
「姉ちゃん…」
弱々しく笑うシェリルに、スウォルはどう声を掛けるべきか迷う。
重い空気が流れはじめる中、リリニシアは両手を打った。
「さて、ワタクシから提案がございます」
「…」
「提案、ですか?」
シェリルは黙って答えない。
スウォルが相槌を打った。
「はい。ワタクシたちは今から、共に旅する仲間です。街を抜ければもうワタクシ、姫じゃありません」
「いや姫ではあるのでは──」
「そこで!」
スウォルの異論をねじ伏せ、リリニシアは目を輝かせた。
「ワタクシのことは“様”ではなく、“リリニシア”とだけお呼びください!!」
「え!?」
突飛な提案にスウォルだけでなく、黙っていたシェリルも思わず声をあげた。
「ワタクシもお二人のことは、シェリル、スウォルとお呼びさせていただきますわ!」
「いえ、そういう訳には──」
「いけませんの!?シェリルスウォルとお呼びしては!」
「リリニシア様から俺たちをお呼びいただく分には──」
「“リ・リ・ニ・シ・ア”。さん、はいっ」
「…」
抗議を封殺され、二人揃って押し黙る。
リリニシアは怯まない。
「どうしてもと言うなら“リリーちゃん”でも可としますわ」
「…もう魔物が現れてもおかしくないんですから、お戯れはそのくらいに」
「あらぁ?名前を呼ばなきゃ“だ・れ・に”対して言っているのか分っかりませんわよ~!?」
“もういっそ、魔物出てきてくれないかな”。
姉弟の心の声が揃う。
──何はともあれ、勇者ご一行の旅はこうして幕を開けた。
お読みいただき、ありがとうございました。
この話が公開されるくらいのタイミングで、Xでは第五話の冒頭を先行公開しているはずですので、よろしければそちらもご確認ください。
また、その五話は明日の20時に公開予定です。
~次回予告~
震える父を残し、ようやく旅に出た三人だったが、箱入り娘のリリニシアはわずかな時間で音をあげる。
今からでも帰還を、と促すスウォルだったが、それでも意思は固いようだ。
そんな中、シェリルの剣とスウォルの盾が、突如輝き、震え、音を立てる。
戸惑う三人の前に、魔物が現れるのだった。
次回「勇者一行の旅の始まり」