金色の糸の先に
❘金糸婚❘
それは運命の人と出会い、そしてそれぞれ条件を満たすことで見えるようになる金色の糸で結ばれた婚約のことを指す。金糸婚で結ばれた二人は生涯幸せに暮らせると言われている。片方だけが見えているときは赤色だが、二人ともが見えるようになったとき、金色に変わる。金色になると他の人にも見えるようにすることができるらしい。見えるようになるには条件があるということが分かっている。
「今日のニュースです。俳優の○○さんと女優の○○さんが金色の糸で結ばれました。記録に残っている限り、我が国で金糸婚がされたのは二十年ぶり十七組目です」
テレビから流れるアナウンサーの声は、まるで機械的なほどに無感情に聞こえた。これが余計に腹立たしく感じられる。金糸婚、金糸婚、どいつもこいつもそればっかり。テレビも雑誌も、通りを歩く人たちの話題も、全てがその話で満たされていた。自分にとっては、ただの噂話に過ぎないのに。
「たかが、幸せに暮らせるって言われてるだけの迷信だろ。ばかばかしい…」
とつぶやいたその瞬間、玄関のドアが開き、母親が帰宅した音が響いた。
「もう学校から帰ってたのね。早く勉強しなさいよ」と母親はいつものように小言を口にする。俺はダラダラとソファに横になったまま、天井をぼんやりと見つめていた。今日は何をする気にもなれない。学校での授業も頭に入らなかったし、金糸婚の話題ばかりが耳に入ってきて、イライラしていた。
「あら、あのドラマの女優さん、金糸婚したんだ」母親の声が響き、俺はわずかに顔をしかめた。テレビの画面には、金色の糸を自慢げに見せるカップルの姿が映っている。ニュースキャスターは笑顔でその報告を続け、スタジオの観客たちも拍手を送っていた。俺にはその光景が、ただの虚栄心の見せつけにしか見えなかった。
「何でうちの子は糸が見えないのかしら。この家の子は代々、金糸婚ができると言われてるのに、恥ずかしいこと…」
母親の言葉が鋭く胸に突き刺さる。小さい頃から、金糸婚の話を聞かされ続けてきた。俺の家は、代々恋愛の神を祀る神社を守ってきた名家だ。だからこそ、金糸婚を成功させるのが当然のように思われている。だけど俺には、その「糸」が見えない。運命の糸だとか、愛だとか、そんなものはすべて幻想だと思っている。それなのに、母親はまるで俺が見えるはずの糸を拒んでいるかのように責め立てる。
母親はため息をつきながら、テレビをじっと見つめている。彼女の横顔には微かな失望の色が浮かんでいた。「どうして、うちの子は…」と呟くその声が、まるで俺の存在そのものを否定するかのように感じられた。
胸の奥から熱いものが込み上げてくる。苛立ちと焦燥感、そしてどうしようもない自己嫌悪が渦巻く。俺は拳を強く握りしめた。
「うるせえよ!」
俺は怒りに任せて叫んだ。テレビのリモコンを手に取り、力いっぱい床に叩きつけた。プラスチックが弾ける音と共に、部屋は一瞬、静まり返った。母親の驚いた表情が目に入ったが、気にする余裕はなかった。「いつもいつも金糸婚の話ばっかり! 金糸婚の何がいいんだよ!」
俺は立ち上がり、乱暴に靴を履いて家を飛び出した。息が荒く、心臓が早鐘を打っていた。自分でもここまで苛立つ理由がわからない。ただ、胸の中に溜まっていた鬱屈した感情が一気に噴出したかのようだった。
家を出たものの、行き場もない。山の上にある神社の家、誰もが「恋愛の神が祀られている」と言う場所が、俺には重荷でしかなかった。どうしてこんな場所で生まれたのか。どうして俺には「見えない」んだ。代々、金糸婚を成功させてきた家の子供なのに。
「神主なんて絶対に継ぐもんか…」
そんな風にぼやきながら山道を下り始めた。無意識に足が向かうのは街だった。せめて、ここから離れて気を紛らわせたかった。
しばらく歩いていると、遠くに幼馴染の麗乃が見えた。彼女は道の向こうで立ち止まり、俺に気づくと小さく手を振りながら、小走りでこちらに向かって来る。
「ちょうど良かった。話したいことがあるの。少し時間ある?」と、彼女は少し不安そうな表情を浮かべていた。いつもの落ち着いた彼女とは違って、どこか急いでいるようにも見えた。
「ああ、まあいいけど。街に行くところだから、山を下りながら話そう」
麗乃は頷いて、俺たちは一緒に歩き始めた。麗乃とは小学校からずっと一緒で、家族ぐるみの付き合いもある。だけど、高校に入ってからはあまり話すこともなくなっていた。彼女は俺よりもずっと大人びていて、どこか手の届かない存在になったように感じていた。
山を半分ほど下りたころ、麗乃が口を開いた。
「ねえ、金糸婚って興味ある?」
唐突な質問に、俺は面食らった。正直、引っ越すことになったとか、もっと大事な話だと思っていたのに、金糸婚の話題だとは。
「いや、全然。お前も知ってるだろ、俺がそういうの嫌いなの」
「知ってるよ。でも、もしできるなら…したいとは思わない?」
麗乃の言葉が、俺の中でずっと押し込めていた感情に火をつけた。胸の中が一気に熱くなり、言葉が止まらなくなった。
「できるならな。そしたら母親からの文句も聞かずに済むし、俺のことを“恥さらし”なんて言われなくなるだろうしな。でも、お前みたいに赤糸が見える人は、本当に楽でいいよな」
俺は皮肉を込めて言った。胸の中で蓄積していたイライラが、言葉ににじみ出てしまった。「運命の相手が分かってるんだろ? あとは相手にそのことを伝えればいいだけじゃん。お前なんて、さっさと伝えて金糸に変えて、世間に見せびらかせばいいじゃないか!」
俺の言葉は、自分でも驚くほど冷たく、棘のあるものだった。だけど、心の奥底では、赤糸が見えるという麗乃への嫉妬があったのかもしれない。運命の糸が見えない俺とは違い、彼女は「運命の人」を知っている。そのことが、俺にはどうしようもなく苦々しかった。けれど、止めることができなかった。
麗乃は少し眉をひそめたが、ため息をついて、優しく微笑んだ。「…わかってるわ。でも、伝えるのは簡単じゃないの。相手が見つかるまでは…」
「相手が見つかるまで?」俺は苛立ちを抑えきれず、麗乃の言葉を遮った。「そんなの、お前が言えばすぐにわかるだろ! 俺には見えないけど、お前には見えるんだろ? だったら、早く伝えればいいじゃないか!」
苛立ちが声に乗り、思わず足を止めて麗乃を睨みつけた。麗乃は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締めた。その瞬間、彼女の瞳にほんのわずかな「彼女の声には、どこか重たい響きがあった。俺は思わず眉をひそめた。『研究に使われる…?』そんなことが現実にあるなんて、思いもしなかった。金糸婚がそれほど貴重なものなら、確かに世間が騒ぐ理由も理解できる。けれど、相手をそんなふうに利用するなんて、恐ろしい話だ。
「運命の人だって、普通の人間よ。私はその人を、そんなことに巻き込みたくない…」
麗乃の声は静かだったが、その一言一言には強い決意が込められていた。彼女の瞳はどこか遠くを見つめるように揺らぎ、深い苦悩を秘めていることが、彼女の様子から痛いほどに伝わってきた。
俺はその言葉に、一瞬言葉を失った。麗乃がこんなに悩んでいたなんて、思ってもみなかった。彼女の抱えている問題は、俺が想像していた以上に大きく、重いものだったのだろう。きっと、ずっと一人でこの苦しみに向き合っていたのだ。しかし、それでも俺の苛立ちは消えなかった。
「だったら、なんで俺に相談するんだ?」
苛立ちを抑えきれず、俺は声を荒げた。「
俺には見えないんだぞ、糸なんか。お前には見えて、相手だってわかるんだろ? だったら、さっさと伝えて終わりにすればいいじゃないか!」
麗乃の瞳が一瞬揺れたように見えた。彼女の沈黙は、まるで重荷を背負ったまま前に進むことを躊躇っているかのように感じられた。それが俺には、さらに苛立たしく思えた。俺の中で湧き上がる焦燥と苛立ちは、抑えようとすればするほど強まっていく。
「お前に何がわかるんだよ。俺はずっと、何も見えないんだ。金糸も、運命の人も、全部お前だけの問題だろう?」
俺は、まるで自分の中の葛藤を麗乃に押し付けるかのように、言葉を続けた。
「俺に聞くなよ。俺はお前みたいに運命の糸なんか見えないんだから!」
それでも麗乃は黙って、目を伏せたままだった。その姿が、かえって俺を苛立たせた。彼女は一体、何を考えているんだ?どうしてこんなにも悩んでいるんだ?
悲しみが宿ったのを見逃さなかった。まるで、彼女も何かに悩んでいるかのように。
「そんな簡単な話じゃないのよ…」
麗乃はゆっくりと口を開いた。
「運命の人を見つけたからって、すぐに伝えたくなるわけじゃないの。もし、相手がわかったら、周りがその人を…その、金糸婚の研究に使おうとするかもしれないのよ。今だってみんな、どうやったら金糸が見えるようになるのか、その条件を探して必死になってるんだから」
麗乃の声には、疲れと焦りが混じっていた。彼女はその運命の力が持つ重圧に苦しんでいたのだと、その時初めて気づいた。金糸婚の力を利用しようとする研究者たちに、運命の相手を奪われる恐怖――それが彼女を追い詰めていた。
だが、俺はその恐怖を共有することはできなかった。むしろ、そんな彼女の言葉に逆に苛立ちを覚えた。
「俺に関係ないだろ!」
感情が爆発した。
「巻き込むなよ! 糸が見えるお前に、俺の気持ちなんかわかるわけないんだ!」
胸の中で積み重なっていたフラストレーションがついに爆発し、気づいたときには、俺は麗乃に近づき、麗乃を強く突き飛ばしていた。自分でも驚くほど、力が入っていた。
彼女の細い体が一瞬、空中で静止したかのように見えた。その後、ゆっくりとバランスを崩し、足元の不安定な山道の縁へと傾いていった。その光景はまるでスローモーションのようだった。
「麗乃!」
反射的に叫んだが、彼女の体はもう止まらなかった。斜面へと転がり落ちていくその姿は、まるで無力な人形が不規則に転がるように見えた。彼女の髪が風に翻り、手足が無防備に揺れ動く。彼女の身に迫る危険が、現実感を伴って俺に押し寄せた。
俺はすぐに駆け出そうとしたが、足は恐怖で凍りついたように動かなかった。心臓が激しく鼓動し、頭の中は真っ白になっていた。斜面を転がる麗乃の姿がどんどん小さくなっていく。その無力な姿が、頭の中に焼き付いて離れない。
「麗乃…!」
声にならない叫びが、空気にかき消される。息が詰まるような恐怖と後悔が胸を締め付け、まるで自分も落ちていくかのような感覚に陥った。
俺は反射的に彼女に駆け寄ったが、すでに手遅れだった。麗乃は倒れ込むようにして斜面を転がり落ちていった。その姿は、まるで無力な人形が不規則に転がるように見えた。
俺は必死で斜面を駆け下りたが、足場が崩れていて、思うように進むことができない。冷たい雨が降りしきり、ぬかるんだ地面に足を取られながら、何度も滑りそうになった。心臓は痛いくらいに早く鼓動を打ち、冷や汗が背中を流れ落ちた。焦りと恐怖で胸がいっぱいになり、呼吸は乱れ、息をつくのも難しい。
麗乃が転がり落ちていくのを目の前で見ながら、無力感に苛まれる。彼女の体は地面に叩きつけられるたびに、ただでさえ華奢な姿がさらに弱々しく見えた。ようやく下にたどり着いたとき、麗乃は木に激しくぶつかり、そのまま動かなくなっていた。彼女の体は地面に横たわり、その姿は恐ろしく静かだった。
慌てて彼女の元に駆け寄り、震える手で麗乃を抱き起こした。体は冷たく、しっかりとした温もりが感じられない。まるで、ただの人形のように無力で、体の重さだけが冷たさを感じさせた。涙が止めどなく溢れ、顔を覆った。後悔と恐怖で胸が締め付けられ、息が詰まるような苦しさが広がった。
「ごめん、麗乃…ごめん…」と、震える声で呟きながら、彼女を強く抱きしめた。体も心も震え、どうしようもない喪失感に包まれていた。その瞬間、全てが終わったかのような虚無感が広がった。何もかもが取り返しのつかない状態に感じられた。
その後、気づいたときには、部屋のベッドで横になっていた。重い体を引きずるようにして目を開けると、部屋は暗く、夜が深まっていた。窓の外には厚い雲が空を覆い、冷たい雨が降りしきっていた。その様子がまるで、俺の心の中の混沌とした感情を反映しているかのように感じられた。
しかし、夢ではなかった。
翌朝、警察がやってきた。彼らは麗乃の両親が捜索依頼を出したため、俺に行方を聞きに来た。家のドアを開けると、冷たい雨の中、制服を着た警官たちが立っていた。彼らの姿が、朝の薄明かりの中で陰鬱に見えた。
「麗乃さんの行方について、何か知っていることはありませんか?」
心臓が急激に高鳴り、汗が額に浮かぶのを感じた。平静を装いながら、俺ははっきりと「知らない」と答えた。内心では冷や汗が流れ、体中が緊張で固まっていた。もし真実を話してしまったら、どうなるかはわかっていた。自分が麗乃を押してしまったことがばれたら、全てが終わる。警察の目が俺を鋭く見つめる中で、言葉を尽くし、なんとか事実を隠し通さなければならなかった。
警官たちは何度も質問を続けたが、俺は冷静を装いながら無理にでも「知らない」と繰り返した。最後に、警官たちは不安そうな顔で帰って行ったが、その背中がどこか重たく見えた。
その夜、シャベルを手に取り、再び山へ向かった。冷たい雨が降りしきり、夜の闇に包まれた山道を歩くのは、まるで地獄の中を進むような感覚だった。雨粒が肌を叩きつけ、雷が遠くで轟く音が耳を刺す。頭上の雲が雷を反射して、時折稲妻のような光が山を照らした。麗乃の体を土に埋め、何もなかったかのように家へ戻った。心も体も疲れ切っていたが、目を閉じても眠れなかった。冷たい雨が降り、雷が遠くで鳴り響いていた。
そして、その時だった。ふと目を開けると、自分の左手の小指に金糸が見えた。
信じられなかった。夢なのか現実なのか、判別がつかなかった。だが、その糸は確かに存在していた。
俺は左手の小指に巻きついた金糸をじっと見つめた。夢ではない。確かにそこにある――運命の糸が。だが、どうして今なんだ? どうしてこんなタイミングで現れるんだよ。
「麗乃を殺してしまったんだ。俺には運命なんてもう関係ないはずだろう…」
しかし、金色の糸は消えることなく、俺の指にしっかりと絡みついていた。その糸がどこへ向かっているのかはわからなかったが、まるでどこかへ導こうとしているかのように感じた。
「確かめなければならない…」俺は自分にそう言い聞かせ、外へ出た。雨は止んでいたが、空はまだどんよりと曇っていて、肌寒さが身に染みた。
足元はぬかるんでいたが、山道を進むことに迷いはなかった。恐怖と不安、そして何より罪悪感が、俺を突き動かしていた。金糸が現れたのはただの偶然ではない。何か意味があるに違いない。そんな中、金糸はさっき通った道を指し示してきた。
麗乃を埋めた場所へたどり着くと、あの時の光景がまざまざと蘇ってきた。彼女を押してしまった瞬間、転がり落ちていく彼女の姿、冷たくなった体を抱きしめたときの感触――全てが俺の中で鮮明に残っていた。
震える手でシャベルを握りしめ、土を掘り返し始めた。麗乃を埋めた場所は深く、雨で土が重くなっていたが、俺は休まずに掘り続けた。土の感触が指に絡みつき、息が荒くなる。胸の中の焦燥感がどんどん膨らんでいく。
そして、ついに土の中から麗乃の白い肌が見えた。俺は震えながら彼女の体を土から掘り出し、そっとその体に触れた。
その瞬間――金色の糸が彼女の小指にも巻きついているのが見えた。俺の小指から伸びる金糸が、彼女の指へと続いている。
「麗乃…」俺はその場で膝をつき、彼女の体を抱きしめた。涙がこみ上げ、止めることができなかった。「ごめん…本当にごめん…」
その時、俺の左手の小指が軽く引っ張られるような感覚があった。驚いて糸の先を見上げると、麗乃の小指も動いている。信じられない光景だった。彼女は確かに死んでいるはずだ。しかし、金糸は輝きを放ち、二人を繋げ続けていた。
「どういうことだ…?」混乱する頭で考えたが、答えは見つからなかった。
すると、麗乃の体がかすかに動いた気がした。彼女のまぶたがゆっくりと開き、その瞳が俺を見つめた。息を呑んだ。
「…ごめんね」
麗乃の口元がかすかに動き、か細い声が聞こえた気がした。だが、その声はすぐに途切れ、彼女の体は再び静かになった。
「麗乃!? 麗乃!」俺は叫んだが、返事はなかった。彼女の体は再び冷たく、硬直していた。まるで、今の出来事が幻だったかのように。
だが、俺の小指に巻きつく金糸は消えることなく、彼女の指へと続いていた。その事実が、俺の心をさらなる混乱と恐怖へと引きずり込んだ。彼女は確かに死んでいるのに、どうして糸が現れるんだ? どうして俺たちはまだ繋がっているんだ?
心の中で答えの出ない問いが渦巻き、俺はその場で崩れ落ちた。
麗乃の冷たい体を抱きしめたまま、俺の心は完全に崩れ落ちていた。涙が止まらず、ただ彼女に謝り続けた。「ごめん、ごめん…」と何度も何度も。だけど、何をしても彼女はもう戻ってこない。俺が壊してしまったんだ。
雨が再び降り始め、空からは冷たい滴がポツポツと落ちてきた。雷鳴が遠くで轟き、風が木々を揺らす。俺たちの周囲には、まるでこの世の終わりを告げるような重苦しい空気が漂っていた。
ふと、身体の力が抜け、全身が重くなった。疲れ果てた体が、ついに限界を迎えたのかもしれない。麗乃を抱きしめたまま、俺はその場に倒れこんだ。冷たい雨が体を濡らし、意識が徐々に薄れていくのを感じた。
その瞬間、俺の視界の端で金色の糸が光を放った。麗乃の小指に巻きついた金糸が、再び輝き始めたのだ。それは不気味なほど美しく、まるで俺たちを最後に祝福しているかのようだった。
「これが…運命ってやつか」
俺はかすれた声でつぶやいた。運命の糸、金糸婚――そんなものはただの迷信だと思っていた。だけど、今こうして俺と麗乃はこの糸で結ばれている。死んでさえも。
「麗乃…すまない」
全身から力が抜け、意識が遠のいていく。もう、抗うこともできない。瞼が重くなり、視界がゆっくりと暗くなっていく。麗乃の体温は感じない。俺ももうすぐ、彼女の元へ行けるだろう。
「一緒に…いられるなら…それで…」
俺の意識は深い闇の中へと落ちていった。静寂が訪れ、全てが消え去ったような感覚に包まれる。冷たい雨音だけが遠くから響いていた。
翌朝、薄暗い森の中で警察がやってきた。麗乃の両親から捜索依頼を受けた警察は、山奥で二人の遺体を発見した。そこには、若い男女が抱き合うように倒れており、すでに命は尽きていた。冷たくなった体の小指には、金色に輝く糸がしっかりと絡みついていた。
警察はその金色の糸を見て、二人が「金糸」で結ばれていたことに気づいた。だが、その結末はあまりにも悲劇的だった。
「金糸婚で結ばれた二人は生涯幸せに暮らせると言われていますが…この二人の運命は、どうしてこんな形に…」
報道陣がその光景を伝える中、誰もがこの悲劇の意味を理解できずにいた。金色の糸は、運命に導かれたはずの二人を、永遠に結びつけた。だが、その結末は誰も予測できないものであった。
彼らの死は、ただの事故ではないことがわかっていた。しかし、真実を知るのは、もうこの世にはいない二人だけだった。