第56話 マカロニグラタン
ケミーニアにとって、楽しみの時間がやってきた。
途中の書類仕事をそのまま放置して、呼びに来てくれたレイアと共に食堂へと向かう。
レイアは、食堂までの道中、今日は結構料理に関わったと言って嬉しそうに話してくれる。
習い始めたばかりで、できることは少ないそうなのだが、できることが増えているようでなによりである。
今日はそのマカロニというものを大量に作ったそうだ。
同じ作業の繰り返しなので疲れたようだが、楽しかったそうである。
今はそのマカロニと言う物を使ったマカロニグラタンなる物をフォルテ様が焼いてくれているそうで、焼きうどんのような物かと想像して涎がでてくる。
「それでね、フォルテ様はいっつも私が包丁使う時に猫の手って言うんだよ。もう言わなくても分かってるのに!」
こうしてフォルテ様に愚痴を溢せるのはレイアのすごい所だと思う。
「猫の手?」
「そう、猫の手!」
ケミーニアが、話の流れで聞き流しそうになったが、疑問に思った事を質問すると、レイアは拳を握って指の付け根辺りだけ伸ばした手を作ってケミーニアに向けながら答えた。
「にゃーお」
「ああ、猫とはナーゴの事ですか。フォルテ様の言葉は少し違うので理解するまで時間がかかるものがありますね」
レイアが、猫の鳴き声の真似をしながら、作った猫の手をよじらせると、ケミーニアは猫を理解して苦笑いで話をした。
「そうだよね。でも、フォルテ様の料理が広まれば今までと呼び方が変わるかもしれないよ?」
「確かに、それはありえるかも……いい匂い」
実際に、ケミーニアは豚、鶏、じゃがいもなどフォルテの言葉を使うことが多くなっている。
そんな考えも、食堂から漂ってくるいい匂いで頭から吹き飛んだ。
早足になりながら食堂につくとテーブルに、フォルテとヤコブが料理を並べている所であった。
「これは?」
「マカロニグラタンだ。熱いから器に触るなよ?」
「は、はい」
目の前に並ぶ食事は、ケミーニアが想像していた物とはまるで違っていた。
レイアから聞いていたマカロニは小麦粉で作った細かい麺だったのに、目の前に並ぶマカロニグラタンは焦げたチーズで蓋をされている。
ケミーニアは自分の想像などフォルテの作る料理は簡単に越えてくるのだと再確認した。
管理人のメゾンも恐縮しながら同じテーブルに座り、皆が一緒に夕食をいただく。
「「「「いただきます」」」」
「いただきます」
フォルテ達の挨拶を真似て、メゾンも挨拶する。
レイアが《いただきます》と言うのは、食材の命や料理人、関わった全ての人に感謝して食べます。という感謝の言葉だというフォルテからの受け売りを自慢げにメゾンに説明している。
「なるほど、では、皆様に感謝を。いただきます」
メゾンは話を聞いて、気持ちを込めてもう一度挨拶をした。
「熱いから気をつけるんだぞ?」
「熱っ」
「ほら、慌てすぎだぞケミーニア」
ケミーニアは、フォルテの言葉に恥ずかしそうにフゥフゥとフォークで掬ったマカロニグラタンを適度に冷ましてから口に入れた。
スープとは違う鶏肉とバターの濃厚な味、玉ねぎの甘み。レイアが言っていたマカロニという小さい麺は噛んだ時に中に入ったソースが飛び出して来て、食感もクニクニと柔らかい。
ケミーニアが想像していた焼きうどんとは全くの別物で、甲乙つけ難い程にとても美味しい。
「どうだ、うまいだろ?」
フォルテは笑顔でゆるゆるの顔になっているケミーニアと、早くもう一口食べたくて必死に掬ったマカロニグラタンを冷ましているレイアに質問した。
「めちゃくちゃ美味しい!」
レイアがそう言って嬉しそうに食べごろに冷めたマカロニグラタンを口に運び、ケミーニアも頷いた。
その後、ケミーニアは、ハッとした顔をしてフォルテに質問した。
「フォルテ様、これをあのフォルテ様とお会いした日の食事の様にベーコンと目玉焼きの代わりにパンに挟んで食べても美味しいですよね?」
テーブルに置いてあったパンを見て、ケミーニアは自分がまだ食事に興味がなかった頃の幸せそうなフォルテの姿に興味を思い出して、質問をした。
「確かにそれも美味しいかもしれんがな、グラタンは粘度がゆるいから挟むと溢れやすい。こうやって上にのせて食べるといいぞ?」
フォルテがバゲットを取ると、マカロニグラタンをのせてケミーニアに見せた。
「フォルテ様、でしたらピザにするというのはどうでしょうか?」
「グラタンピザは最高だぞ。トッピングでゆで卵をスライス素で乗せたりしてな。それに、さっきのパンに挟んでバーガーにしたいなら、グラタンをコロッケに上げてしまえば溢れにくいし、グレードアップした美味しさが手に入る」
「やはり料理とは進化するのですね!」
このマカロニグラタンが更に美味しくなる。
その言葉に目を輝かせるケミーニアの向かいの席で、フォルテがいったアイディアをヤコブは必死にメモしている。
「それも食べてみたい!」
「そうだな、マカロニはまだあるから明日作ろうか」
「やったぜ!」「はい!」
楽しく騒がしいフォルテ達の食事を、管理人のメゾンは微笑ましく見ながら、今まで食べた事もない美味しい食べ物に感謝している。
「レイア、明日も食事が楽しみですね!」
「ああ、明日も俺はちゃんと手伝うぜ!」
マカロニグラタンの器で、誰も火傷をする事なく、楽しい食事が続くのであった。




