第36話 楽しい野営料理
王都を出発した日の夕方、フォルテ達は馬車を街道沿いに停めて野営の準備をしていた。
以前王都に向かう時は、ケミーニアは食に興味がなく、従者達もケミーニアに遠慮して食事を取らなかった為調理と言う物をしなかった。
勿論食材を持っていなかったという理由もある。
しかし、今回はヤコブが魔法の鞄を持っているので、食材を大量にもってきている。
「簡単に作れて美味いもの、なら混ぜて焼くだけのあれだな」
「フォルテ様、あれですか?」
ヤコブには混ぜて焼くだけで伝わったようだ。これは、城に居る時にも作ったし、大好評だった物である。
「でしたらキャベツと小麦粉、卵ですね!」
「後は豚だな」
「はい!」
ヤコブは、城の料理長になったほどの男なので、フォルテの助手として力を十二分に発揮してくれている。
「ヤコブはキャベツのみじん切りだ。俺は粉を作っておく」
「分かりました」
「ケミーニアは鉄をおろしておいてくれ」
「分かりました!」
フォルテ達の馬車には鉄の棒が設置されている。
錬金術さえあればこれを使って色々な調理器具を作れる。
それに元の鉄の棒に戻せばまた馬車に装着して移動できるのでとても便利なのである。
旅に複数の調理器具を持って行くことなど普通はできないので、ある意味チートである。
ケミーニアが鉄棒を下ろしている間に、フォルテとヤコブは調理を続ける。
フォルテは、小麦粉、卵、水、それからもう一つ別のの粉を全て入れて混ぜる。
この時の小麦粉と水のバランスが大切である。
大体一対一だが、フォルテは少し柔らかめに仕上げる。
ちなみに、最後に入れた粉は魚粉である。
王都に売っていた小魚を乾燥させて作った物だ。
大きな魚は居なかったが、この小魚も食用ではなく、貴族に観賞用にと海からわざわざ運んで来た物である。
こんな粉にされるとは思っていなかっただろうが、行商人に感謝である。
なのでこの粉には日本では考えられない金額がかかっている。
ともあれ、魚粉も入れてトロッとした液が出来らがれば準備は完了。
勿論、ちゃんとした物にはまだまだ色々な物が入るのだが、海が遠い王都ではこれ以上の材料は望めない。
「プリン体万歳!」
海に行った時にはたくさん手に入れようと、フォルテが考えているとヤコブがみじん切りを終えて声をかけてきた。
「プリンタイとは新しい料理ですか? それも教えてくださいね。 みじん切りできました」
ヤコブの質問に、フォルテは苦笑いで返しながら誤魔化しで近いうちにプリンを教えようと思った。悪魔のデザートだが仕方がないだろう。
「よし、焼くか!」
ケミーニアが用意してくれた鉄棒を平たく伸ばして大きな鉄板を作り、その下に火をくべて油を引いたら準備は完了だ。
フォルテが作った液と、ヤコブがみじん切りにしたキャベツを混ぜて鉄板に丸く広げた。
ジュゥという良い音を聞きながら形を整え、焼き目がつくまでゆっくり待つ。
少し持ち上げて、焼き目を確認したら、表面に薄く切った豚バラ肉を置いて、緊張の瞬間だ。
錬金術で作った専用のヘラを使って、豪快にひっくり返す。
「ヤコブ、やってみるか?」
「……分かりました。将来私も陛下に披露しなくてはいけない身、やらせていただきます」
ヤコブが緊張気味に息を吐いて両サイドから2本のヘラを差し込んだ。
「ハッ!」
ヤコブの掛け声と共に丸く整えられた生地は宙を舞い、半回転して鉄板に着地した。
「やりました!フォルテ様!」
「おめでとうございます、ヤコブ」
「ありがとうございます、ケミーニア様」
見事にひっくり返したヤコブにケミーニアは拍手をしている。
ヤコブは嬉しそうに人差し指の背で鼻を擦った。
ひっくり返した後は、火が通るまでしっかり焼いたら完成である。
鉄板に押し付けられた豚バラ肉がカリカリになったら完成である。
「フォルテ様、最後の仕上げをして良いですか?」
「良いが、やりたかったのか?」
「はい。城の時は陛下や王子に譲りましたから」
最後の仕上げをやらせて欲しいと頼むケミーニアの顔は、エルフの凜としたものではなく、子供のように無邪気である。
「よし、やってみろ」
焼き上がり完成したのは《お好み焼き》である。
本当はこの上に鰹節と青海苔をかけたいところだが、無いものは仕方がない。
このために作り置きしたドロっとしたお好みソースを塗った後は、ケミーニアの出番である。
「ケミーニア、良いぞ」
「はい!フォルテ様!いきます……」
緊張しながらお好み焼きとの距離を慎重に測ったケミーニアは気合いを入れた様子で叫んだ。
「マヨ・ビーーーム!」
ケミーニアは手元を器用に動かして、なみを描くように綺麗にマヨネーズソースをお好み焼きにかけた。
上手くかけられた事に満足したのか、ケミーニアは満面の笑顔だ。
今度はヤコブが拍手を送っている。
城でお好み焼きを作った時に、王子を楽しませようとフォルテがやった演出なのだが、これが正式な所作として皆が認識してしまい、楽しそうにやるようになった。
食材を無駄にする訳ではないし、楽しんでいるのだからいいとしよう。
鉄板にかかったソースのいい香りが辺りを満たして、食欲を刺激する。
「それでは、いただこうか」
「「「いただきます!」」」
街道を外れた先で、鉄板を広げてのお好み焼きパーティーが始まるのであった。




