第35話 出発
「ついに行ってしまわれるのですね」
そう呟いた国王の言葉には、元気がない。
「まあそうしょげるな。1年間ヤコブはしっかりと料理の勉強をして帰ってくるし、副料理長にも色々なアレンジの仕方を教えてある。それよりも、食うばかりで豚のように太っていたら一年後の食事はお預けだ。運動、睡眠、食事。健康を心がけてな」
「はい。城の者全員に気を配ります。いえ、徐々に平民にも、食のありがたさを広めていきたい
」
フォルテの注意事項はしっかりと頭に入っているようで一安心。
それどころか、やはり一国の王であるから、民の事も考えているのがすばらしい所だ。
一年である程度食文化が発達していれば《祭り》をするのもいいかもしれない。
フォルテは内心未来を想像する横で、一緒に旅に出るヤコブが膝をついて国王に忠義の姿勢をとった。
「このお借りした鞄にフォルテ様の仰られたここにはない調味料や食材を入れて持って帰って参ります。それに、こちらもありがとうございます」
ヤコブが魔法の鞄と共に国王から預かったのは、フォルテが見定めた食材がその国にしか無かった場合に貿易を結ぶ為の使者としての資格であった。
「この国の未来に大切な事だ。頼んだぞ、ヤコブ」
「は!」
国王の言葉に、ヤコブは深々と頭を下げた。
「それとフォルテ様にはこれを」
国王がフォルテに渡したのはカード位の大きさの金属の板であった。
「こちらでフォルテ様の身分を証明させていただきます。表にはフォルテ様の名前と私の御名御璽、それから裏にはどう言った方かの説明が書かれています。ケミーニア様にも同じ物を」
フォルテ同様ケミーニアもエルフでありながら人の食事をするようになったので、トラブルに巻き込まれた時の為に身分証明用のアイテムを作ってもらった。
ケミーニアは国内では有名だが、気分によっては国外に行こうとも考えているからだ。
「よし、それでは馬車の準備もできたし出発しようか」
別れを惜しんでも腹が減るだけなので準備ができればさっさと出発するに限る。
馬車の御者はヤコブが馬を操れるのでヤコブに任せる事になっている為、フォルテとケミーニアは馬車に乗り込み、ヤコブは御者台に乗った。
ヤコブが馬に鞭を入れるとゆっくりと馬車が発車する。
城では段々と遠くなっていく馬車の姿を王族が総出で見送っていた。




