第26話 ケミーニアのお食い初め
「なんですか!これ!」
ケミーニアは部屋に入った途端に衝撃を受けた。
先程とは何も変わっていないはずである。
先程と同じようにテーブルにフォルテと料理長が作った料理が並べられた光景。
しかし、部屋に満たされた匂いは脳を刺激してとめどない唾液を分泌させ、腹は目の前の食事を求めて鳴き続ける。
脳は目に映る景色を制限して、まるで獣を仕留める時のように感覚が鋭さを増して料理しか見えなくなる。
「……ア、……ニア、ケミーニア!」
フォルテに呼ばれた事に気づいてフォルテの方を見た。
「いい感じにだらしない顔をしているな。ほら、これを飲んでみろ」
フォルテに差し出されたのはコップに注がれた水だ。
何の変哲もない水のように見えるそれをケミーニアは一口飲んだ。
そして、顔を顰める。
「なんですか? これは……」
いつも飲んでいた物よりも口に違和感と言うか、不快感を感じた。
何か混ぜ物をしているのかと思ってフォルテに質問するが、フォルテは何も答えずにもう一つのグラスを差し出した。
何かあるのだろうと思ってそちらも飲む。
美味しい。
先程のものと違ってするりと口から喉を通って行き、そして心地よい何と言っていいのか分からないが味覚を感じたのだと思う。
直感で美味しいのだと分かる。
「これはな、同じ水だ。先に飲んだ方は硬水、ミネラルが豊富だが、そのせいで苦さを感じる。後の水は軟水。字の如く口当たりが柔らかく滑らかで甘さを感じてすっきりと飲める。 今口と鼻が敏感なケミーニアなら違いが分かっただろう?」
同じ水。その衝撃の事実にケミーニアは言葉を無くしてフォルテを見た。
「アレもな、お前が見ていただけだと同じ物だっただろう。全部うどんだ。しかし、全て口に入れた時の味が違う。食を楽しむんだ」
フォルテの言葉にケミーニアは我慢の限界を迎えた。
国王に椅子を引かれてテーブルに着き、料理長に取り分けてもらったそれぞれのうどんが目の前に置かれた。
温かいうどんも、料理長が作り直した為、伸びていると言う事はない。
「ボナペティ」
意味は分からなかったが、フォルテに言われた言葉を聞いてケミーニアは先程見た光景を見て目の前で手を合わせた。
「い、いただきます!」
ケミーニアがはじめに口に入れたのは焼きうどんだ。
慣れ親しんだ野菜が入っているのもあるし、国王が食べた後の幸せそうな顔が印象に残っていたからだ。
口に入れてすぐに、自分がこれまで食べてきた物とはまるで違うのだと分かった。
味、これが味なのか。
先程の水でも感じだが、あれとも全く違う。
脳が幸せを理解して全身に広がっていくような感覚。
ケミーニアは、食欲が赴くままに生とは違う炒めた野菜のシャキシャキとした食感を味わい、そしてそれとは別の、モチモチとした初めての歯触りを楽しんだ後、焼きうどんを飲み込んだ。
幸せが喉を通り抜け、鳴き声を発していた腹に収まっていく。
口から焼きうどんが無くなった途端に口が寂しくなった。
脳が食事を求める。
初めての感覚にまた焼きうどんを口に運ぶ。
「どうだ、五臓六腑に染み渡るようだろう?」
ケミーニアはリスのように口に焼きうどんを入れたまま、フォルテを見た。
そして、周りで美味しそうに食事をするケミーニアを見て、笑顔で笑っている人々。
「ケミーニア様、この温かいうどんも美味しいですわよ?」
「この冷たいのはうどんの硬さが違って喉が楽しいんだよ!」
王妃や王子がケミーニアに別のうどんも勧めてくれる。
「私はこのソースを使った焼きうどんも好きだぞ、ケミーニア」
国王も同じようにケミーニアに進める。
ケミーニアは嬉しそうに勧められたうどんを全て食べて感想を言った。
ケミーニアの目尻には涙が浮かんでいる。
1人だけ疎外感を感じていたケミーニアはやっと輪の中に入る事ができたのだから。




