自由が欲しい悪役令嬢はナニカと共に物語を終わらせます。
夜空のドレスに映える月のように美しい髪の女は、惹き込まれるような紫紺の瞳をこちらに向けている。
「………!もはや我慢など出来ない!アウローラ・エバンス!貴様との婚約を破棄する!」
華やかに飾り付けられた卒業セレモニーで、鋭い声を出して宣言するのはこの国の第一王子のミラン・コーリングである。
「まあ……殿下、婚約者でもない女をエスコートしながら言う言葉ではありませんね」
「黙れ!放っておけば貴様が何をしてくるか分からん……なにより、この国に認められた聖女にその物言いなど公爵令嬢とはいえ許されるものではない!」
「それを仰るなら、国王陛下が認めた婚約者を蔑ろにするのは良いのかしら?」
「貴様の所業を考えれば当然の事だ……既に父上からの了承は得ている、残念だったな」
国王陛下からの了承、その言葉に周囲は僅かにざわめくものの、学園での両者の対立からその可能性が高かった為にどこか納得した雰囲気を感じる。
「そうですか……国王陛下からの了承があるのならば仕方ありませんね。その婚約破棄、承知いたしましたわ」
「?……まあいい。殊勝なのは良い心掛けだ、謝罪をするなら減刑も考えてやろう」
「……それをお決めになるのは国王陛下ですから、ここでの謝罪は不要かと……失礼いたしますわ」
「待て!……ええい!その女を捕らえよ!」
その声に反応して衛兵が行く手を阻むが、取り押さえようとしたその手が届く前にこの国の最も貴い存在に制止される。
「そこまでだ……騒がしいから来てみれば随分な騒動だな。ミラン、この場で行う許可までは出していない筈だが?」
「父上?な、なぜこの場に……いえ、それよりも大衆の前でなければこの女はどのような行動に出るのかも分かりませんから」
「…………この場はこれで終いだ。私が決めた。文句はないな」
「そんな、いえ、分かりました」
いまだに納得していない表情ではあるが、この国の王に逆らえる筈もなく、自身の愛する人との未来を考えて渋々返事をした。
「……アウローラは共に来い、別室で此度の話をしよう」
「……仰せのままに」
自身の父と元婚約者が言葉を交わしていた。
(元とはいえ息子の婚約者であった女、沙汰を下すのが衆目では哀れと思ったのだろう)
そうに違いない、と自身の輝かしい未来に思いを馳せる。
……その光景に暗い影が揺らめくような雰囲気を感じ取りながら。
「よろしいのですか?……あのままでも元々の筋書きと大して変わらないでしょうに」
「構わん。これ以上奴にかける時間はない」
あれから場所を移動し、学園のサロンで国王陛下と二人で話をする。
(扉の前に衛兵が居るとはいえ、国王陛下が醜聞のある女性と二人とは……まあ、これからの話に他者の介入があっては困りますし、この人には関係ありませんか)
「……予想通り、奴に器はなかった。これで王妃の家も黙るだろう」
「………」
そう誘導した、の間違いだろうと、アウローラは口には出さずに先程淹れたお茶に口をつけながら考える。
(陛下周りの問題に振り回されたのには同情しますわ……まあ、私を蔑ろにしたのも事実なので同情するだけですが……)
この国の王と王妃の仲は冷え切っている……正確には王が自身の愛人にしか興味がなく王妃からの愛は一方通行で届いていないのだ。諸問題で妻として迎え子を作ったがそれだけだ。
(聖女にうつつを抜かす辺り、間違いなく血筋ですが……それでも強まってきた圧力が邪魔だったから幼少期の私に取引を持ちかけた。ある意味慧眼ではありますね)
王妃との子はミランただ一人、このまま愛人との子を後継にするのか、それとも……
(いいえ、私には関係のないことですわ)
「………それで?行く宛は決まっているのか」
「いいえ。ですが、幸い教育環境は最高峰でしたから」
「この国は狭いか」
「とても」
私は、あの時から自由になりたかったのだ。決められた未来も窮屈な社交も嫌だった。
だからこの男に目をつけられ、互いに利害が一致して手を組んだ。
「この場で切り捨てた事にする。証拠は髪で良いだろう。もう準備は出来ているのだろう?」
「ええ、当然ですわ」
「此度の事、ご苦労だった……これは褒美だ」
渡されたのは、これ一つで小国は超えるであろう純度の高い魔石で作られたペンダントである。
「あら?……監視ですか?こんな上等な物を渡すだなんて」
「貴様には必要ないだろう。言葉通り受け取れ……いらなければ路銀にするといい。魔国ならば、これの背景まで気にせんだろう」
「そうさせていただきますわ」
―ごきげんよう。
そう言って堂々と去っていく少女の後ろ姿を見つめながら、曲がりなりにも自身の息子の未来を完全に絶った男は深く息を吐く。
(……幼い頃からそうだった。不満を抱いている事を見抜き、利用する……そのつもりが、いつの間にか対等の共犯者となった。……アレをこの国から出せた事は僥倖だったな。もしもミランに執着していたのなら、ここで終わるのは私の方だった)
「陛下、どうなされますか」
「放っておけ、監視もいらぬ……アレはこちらに興味などありはしない。自身のこれからしか見えておらんだろうよ……寝た獅子を起こす必要はない」
「御意」
見る者全てを魅了する紫紺の瞳を帽子で隠し、鼻歌を歌いながら軽やかに街道を歩く少女は、月のように美しい髪が肩口で切り揃えられているからだろうか、どこか幼く見える。
「自由よ。私は今、確かに自由なの」
「あんまりはしゃぐなよ、お嬢……アンタ、一応死んでるんだぜ」
「ふふ、黙りなさい」
「………こっわ」
少女しか居ないはずの空間に、確かに男の声が聞こえる。どこか野蛮そうでありながらも、少女の事を心配しているのが分かる声は少女の影から聞こえていた。
「………最強のラスボスが野に放たれちまったぜ」
「失礼ね。アナタが私に自由を教えたのに」
この世界は乙女ゲームを基にしている。
そう気付いたのは、目の前の少女が両親に誕生日を忘れられて泣いているのを見た時だ。
本来の歴史では、両親に愛されず、最後の拠り所とした婚約者には冷遇され、卒業セレモニーで婚約破棄されて絶望したアウローラ・エバンス。その哀しみを国王に利用されて恵まれた高い魔力を暴発、自我を失って暴れる彼女を覚醒した聖女と王子が打倒。
原因である国王を討ち、めでたしめでたしハッピーエンド……なんて訳あるか馬鹿、とネットでは散々な言われようで、特にアウローラに対する酷い所業が濃密に描かれており、一部では
『運営はむしろアウローラが好きだから虐めるのでは?』
『アウローラちゃんに救いを!』
等の派閥が出来る程だった。
(画面越しでも可哀想になる所業は、実際目の当たりにすると口を出さずにはいられない事だったし……後悔はしてないけど、まさかあの泣き虫がここまでになるとはなぁ)
「ここまでにしたのはアナタでしょう?」
「自然に思考読まないで欲しいですねぇ……」
「伝わるんだもの仕方ないでしょ?」
「くっそ、ウインクは反則だろ」
ヒロインの敵であり、元々は王妃になるべく育て上げられた彼女は力の使い方を自覚するとメキメキと成長していった。
(最早あの王子と聖女では止められないだろう……才能あったとはいえスゲーよホント……絶対に言わねーけど)
「あら、ありがとう!どんな宝石よりも価値のある言葉だわ」
「そうだった!思考読めるんだったこいつ!」
ちくせう……とわざとらしく声を上げる影のようなナニカに転生した男は記憶を思い出してからはとても頑張った。
少女を励まして、力の使い方を教え、少女の敵にこっそり嫌がらせをして、国王の動向を窺いつつ、少女が自由を手に入れる準備を進めた。
その甲斐が報われた男は、なんだかんだ感無量なのである。
「で?これからどーすんのよ」
「そうねぇ……取り敢えず魔国ね」
「換金か、先立つものは必要だからな」
「それもあるけど……アナタの体になる物を探そうと思って。そういう技術は一番魔国が発展しているでしょう?……私は別に良いけど、アナタは体があった方が便利でしょうし」
「…………っ………ホントに………良い子に………育ったなぁ………っ」
実質の親代わりであると自負しているナニカが、少女の成長に感動していると、ポツリと少女が呟く。
「……絶望から私を救ってくれた、私の、私だけの最愛……」
「………?どうした?」
「ううん、なんにもないわ。これからを考えてただけ」
「そうかそうか、これからは何でも出来るからな!俺はずっとお前の味方だぞ!」
「っ………ええ、ずっと、ずっと私の味方よ……私に夢を魅せた責任をとってね」
「おう!」
これから、文字通り永遠に少女と結ばれる事をナニカはまだ、知らない。
『ああ!もう!そんな泣くなって!』
『!?だ…だれ…?』
『うっそだろ声届いたよ……まあ、あれだ』
『お前の味方だよ』