c-04.(無意味で不要で有害)
「魔法も核と同列ですか」
「国力に繋がるのは同じでしょ。魔術師を多く抱える国や、魔術研究が盛んな国。それに錬金術を加えてもいいかな。それができるのは文明的にも経済的にも豊かな国力の裏打ちがあってのことよ。学問はね、有産階級をどれほど抱えられ課税対象の民衆をどれほど納得させられるかにあるんじゃないかな」
「パンとサーカスですかね」
「社会そのものの底上げができないと、不平不満は暴力という形に向かうよ。でもサーカスが民衆の目眩しになってはいけない」
「虚業ですからね」
「そう。あってもなくても猫の尻尾ってね。無意味で不要で有害ですらある仕事。有用で有益であったはずなのに、角度を変えれば真逆にだって成りえる魔法も核も、手早くて便利な兵器や道具、手段くらいにしか思っていないとしたら、それは恐怖だよ」
「魔法世界も同じ道を?」
すると部長は空を見つめ、「でも魔物がいたからねぇ。害獣と呼ぶには、生態系のバランスがおかしい。冒険者ギルドなんて流浪の厄座者が結束した組合が成立するくらいには。あるいは魔法そのものが魔物との境界を曖昧にしている。魔獣のジビエはなかったね?」
「ですね」同意した。害獣でも駆除したら食肉になることもあるのに、それがなかった。「経験を積むためだけで殺生に抵抗がないって、なんか恐くないですか?」
「そこよ」と部長。「トロフィーハンティングもひとつの文化だとしても、やっぱり批判はある。捕鯨なら鯨肉になるし、海洋生態保全の側面もある。ヒト族ほど悪食はいないのに、それを差し引いても生態系がおかしい。ただ……過去に強大な魔力を持った大魔法使いがいた」
「元宮廷魔術師のリザードマン?」
「ヒトか魔物か、〈山月記〉で虎になった李徴は退治される対象だったろうか、駆除され皮を剥がされお城の玄関の敷物になったろうか。その肉を血を、誰かが食べて飲んだろうか」
わたしが顔をしかめたのに気付いたようで、まぁまぁ、と部長は宥めるように続けた。「大魔法使だなんて、そうそうあちこちにゴロゴロいるわけでもないから。火炙りにならなければいいけれども、ギロチンの廃止って人類が月まで行って帰ってきた後なんだよ。中世的な習慣や価値観ってね、思っている以上に今も残ってるのよ。地続きで連綿と続くには、それなりの理由があるって思うでしょ」
「魔物と魔法で均衡が取れていた?」
「そういう見方もできるかもね、って話。魔法を使える人間と魔力を持った魔物とで拮抗した魔法世界の魔力体系や魔物生態を維持していたかもしれない。それゆえに、──」
「──魔法や魔力が必要だった」
部長は頷く。「魔法は無くせない。広がりすぎた。火打石よりも火属性魔法を使える人が多ければ、ライターの発明は必要ない。ヒトに属するモノだから刀狩令は出せないし、魔物が跋扈する世界で取り上げるのは、さすがに無理でしょ」
「なんだか銃社会みたいですね」
「いずれは魔法世界も、特定のヒトやモノ、能力に依存しない万人のためのモノが発明か発見されるでしょ。火属性の料理人。水属性と金属性の水筒で隊商は沙漠を進み、交易も盛んになる。風属性の船が造られ、土属性で宅地造成していたかもしれない。木属性と合わせたら豊かな里山になったかもしれない。その為の安定した魔力の供給を誰かが思いつき、何かしらの魔力の発生施設の建造、動力の発明になって、」
「魔法の産業革命ですね」
「かくして魔法は魔法でなくなる。私たちの世界をなぞるようにして発展するかは分からないけれども、順当に考えて魔法世界のエジソンかテスラか、そんな人たちが時代に合わせて生まれるでしょ」
「治癒魔法は欲しかったかなぁ」
「ジョージ・ワシントンは瀉血で死んだよ」
「はい?」
「今の視点で見れば、そんな治療法が唯一だったなんて、ないでしょ? ナウマン象の骨格から長い鼻を想像できたろうか、魔物と呼ぶことはなかったろうか。科学と魔法は対立や衝突を起こすものじゃない。同じ気持ちから発展した系統の異なる技と術で、どちらも目的は同じ。人の生活を豊かにするため」
「人類に希望を持っているひとの言葉みたいですね」