火球
「壁、消して!」
隣のさつきに向かって、美香がさけぶ。さつきはすっと杖を動かして、見えない壁を消した。とたんに、竜と目があう。ゆっくりと、額の目から出る、熱い魔力の線をたどって、ブレスの狙いをつけているのがわかる。
緊張する。あと少しで、丸焦げだ。
1秒か2秒か。
我慢できなくなって、ふたたび壁を形成しようとした瞬間、美香の詠唱が終わった。さつきの耳の後ろをすり抜けるようにして、火球が飛んでいく。
竜の目が、一瞬、そちらをむく。熱線がとぎれる。
どん、と轟音。……竜の顔が、一瞬だけ煙と熱に包まれて、すぐ消えた。
「豆鉄砲じゃん!」
思わず、さつきが毒づく。それから、またすぐ、壁を維持する呪文を唱えはじめる。
「だいじょうぶ、」
と、ちいさな声で良二がつぶやいた。空中にいるままで。
離れたところにいるふたりのところまで、つぶやき声はとどかない。そのかわり、すぐ下にいる航のほうを一瞬だけ見て、
「どんどん撃って!」
と、うしろにむかって叫んだ。
そうしている間にも、竜は首をもたげて、またブレスを吐こうとしている。
「壁!」
良二がさけぶ。いわれるまでもなく、さつきはまた呪文をとなえて、見えない壁をまた形成している。
熱線。それから一瞬遅れて、炎の息。それを放つ寸前の、竜の鼻づらを蹴るようにして、良二はまた空に跳んでいる。
ブレスを吐きおえて口をとじた竜が、……目障りだ、とばかりに前脚をふりあげる。
爪が、良二の胴を薙ごうとする。
かん、と高い音をたてて、良二の剣が、爪をはじく。そのはずみで軌道がかわり、地面にむけて斜めに落ちていく良二を、竜の爪が追う。
その直前に、美香の呪文が終わっている。
さつきと、アイコンタクト。また一瞬だけ壁が消えて、火球がとぶ。
竜の顎に、直撃。轟音。3つの目が閉じる。そのすきに、良二がまた跳んでいる。
「まだなの?」と、さつきが叫ぶ。その声は、竜の口から出る擦過音にほとんどかき消されて、
「……もう、少しかな」
良二の耳にしか、届かなかった。
次の瞬間、竜の額の目が、ぎょろりと下をむいた。
航の頭上から、である。
目から放たれる熱線──ブレスの狙いをつける魔力の波動を感じても、航は動かない。
いや、動けない。
構えた、大剣の刃に、じわりじわりと、熱のこもった光が満ちていく。だが、刃全体を満たすには、まだ時間が足りない。