魔炎召喚
「航!」
美香が悲鳴をあげた。
かすかな、うめき声。航は、ぎりりと奥歯をかみしめながら、……そっと、姿勢を低くして、良二を地面におろした。
小鬼がどこにいるのか、まったく見えない。
かんてらの光は、10メートルほどしか届かない。それより遠くにいるのだと思う。できるだけ耳を澄ませるが、気配はわからない。
いや、
また、斬撃。
かろうじて、鎧ではじいている。が、まったく見えなかった。かすかに、線のようなものが視界に入った気もするが、反応できる速さではない。
ぞっとした。
「さつき、」
「無理、……」
ほとんど無意識のうちに名前を呼ぶ。さつきは首を振る。
もう、壁をつくる力はない。
美香のほうを見る。美香は良二のわきに立って、懸命に前を睨んでいる。
……あいてが見えなければ、結局、おなじことだ。
良二の肩から、血がしぶいた。
狙いやすいほうを狙うことにしたらしい。びくんと、体が跳ねる。良二はまだ生きているが、立ち上がる力はない。まして、反撃など。
さつきは、美香の顔をちらりと見た。
悲鳴は聞こえない。
美香は、一瞬だけ目をとじて、……それから、ぎりりと唇をかむように顎を動かして、顔をあげた。
「……ふたりで、走って!」
しぼりだすような声。
「もう、壁は、」
さつきは思わず口ばしった。美香の言っている意味が、わからない。
走ったって追いつかれる。それなら、だめもとで攻撃を。そう、言おうとしたとき、どん、と腰を押された。
背中に悪寒が走る。
と同時に、さつきは航の手をつかんでいた。何もいわない。美香の意図が、わかってしまったからだ。とどまろうとする航の目を、ぎりりと睨みつけ、むりやりに走らせる。
かんてらを持ったまま。
小鬼は、光を嫌う。攻撃の瞬間以外は、明るいところには入らない。
ざ、と鈍い音がする。背中のほうから。……たぶん、美香か良二の、体が裂ける音。
その、数秒後。
ふたりの背中、ほんの数センチ離れたところまで、強い炎が炙った。
あたり一帯の闇を、術者本人もろとも貫いて焼き尽くす、美香のさいごの魔法で。