079 説教
「なるほど、その獣人の子供を先に保護しに行った訳ね」
「はい、そうです……」
説教を聞く体勢とは、今も昔も正座と相場は決まっている。
しかし、前世ですら滅多にした事のない正座は地味にきつくて、畳じゃない硬い床での正座はもはや拷問だよ……。
でも九曜達は割と涼しい顔で、何事もないように正座していた。
和装だから、この座り方に慣れているのかな?
「それで、さっきの消える技は何なの?あんなの、以前は使って無かったわよね?」
キャサリン姉の目が鋭くこちらを射貫く。
「えっと……、吹雪達が隠密行動できる妖術を使ってたので、それを出来るようにするために、吹雪の遺伝子情報を元に私の遺伝子を組み換えて、妖術を使えるようにした」
「イデンシ?組み換え?もう、何言ってるか理解出来ないんだけど……?」
「要約すると、ヴァンパイアになった時みたいに、私のスキルで吹雪と同族になったって事」
キャサリン姉は頭痛の状態異常になったようで、こめかみを押さえている。
どこかから攻撃でも受けた?
「妖術ねぇ……。東方の国の一部では、公儀隠密が魔法とは異なる体系の術を使うと聞いた事があるけど……」
それを聞いた九曜達が、一瞬ビクリとしたのが伝わってきた。
それに呼応するようにキャサリン姉の気が膨れ上がり、それが威圧として放たれる。
抵抗力の弱い者は気絶してしまう程の気だが、九曜達はなんとか耐えきったようだ。
私はもちろん気の圧力には耐えきったが、足の痺れは限界に達しており、そっちが耐え切れそうにない。
こっそり回復薬(毒)を足に注入しようと思ったけど、たぶんやったらもっと怒られるので、今は我慢だ。
「和装だからそうかもとは思ってたけど、この国に潜入していたスパイだったの?」
「ち、違いますっ!私達はもう国とは関係ありませんっ!」
吹雪が必死に弁明する。
「あぁ、勘違いしないでね。私は国同士のいざこざに関与するつもりは無いの。でも知っての通り、アイナちゃんのスキルは規格外過ぎて、信用出来ない者を近くに置いとけないのよ。この子は結構抜けてるとこあるから、心配でね」
あれ?九曜達の話をしていたはずが、何故か私がディスられてるんですけど?解せぬっ!そして、足痛いっ!!
「私達は東方の扶倭国の元公儀隠密です。ですが、国主の継承問題で任を解かれ、今はただの流浪の身でしかありません。それに、拾っていただいた主殿への忠誠に偽りはありません」
「同じく、俺も忠誠に偽りは無い」
「同じく、儂も忠誠に偽りなどありませぬ」
吹雪の説明に加え、3人が真摯に忠誠を訴えたからか、キャサリン姉は気を解いた。
「分かったわ。東方の武人が偽りの忠誠を誓うはずがないものね」
一同ほっと肩から力を抜くが、そこに追い打ちが来る。
「でも、忠誠を誓ったのなら、尚更この子を止めるべきだったでしょう?」
「そ、それは……」
「うむぅ……そうなんだが」
「おっしゃる通りじゃ……」
「いやいや、それは私が我が儘を押し通したんだから、3人は悪くないよっ!」
なんか劣勢になったので3人を庇ってみたが、キャサリン姉の眉間に皺が寄ったので、藪蛇だったかも?
「主の『愚行』を諌言できなくて、何が忠誠かっ!?」
愚行をめっちゃ強調されたし……。
「はい……」
「面目ない」
「ぐうの音も出ん……」
全員正座のまま項垂れてしまった。
と、そこで獣人の子供が目を覚ます。
「……んぅ。ここどこ?」
寝ぼけ眼で辺りを見回して、キャサリン姉を見た瞬間に少しビクッとした。
ちょっとキャサリン姉が悲しそうな顔しちゃったじゃない。
すぐに吹雪が駆け寄って、獣人の子供を抱きしめた。
「あれ?狐のお姉ちゃん?」
「もう大丈夫よ。ここに居れば心配無いからね」
「う、うん……」
まだ状況が飲み込めてないのだろう。
「ねぇ、キャサリン姉。とりあえず、この子の事を先にしない?」
若干ジト目で見られるが、呆れたような溜息をついて説教を終わりにしてくれた。
窓から見える空が、僅かに漆黒から薄まって来ていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
王城の中の一間、広めの部屋の中央の対になった長椅子に、美しい少女と仮面を被った2人が向かい合って座っていた。
「どうでしたか?」
「情報通り、真っ黒じゃな」
「私達が行く前に一悶着あったようで、調べるまでもありませんでした。既に捕縛隊を向かわせましたので、伯爵はもう捕らえられた頃でしょう」
「そうですか、ご苦労様でした」
労いの言葉を少女が掛けると、仮面の2人は満足そうに頷く。
「それでじゃ、例の娘を見つけたんだが」
「あら、本当ですか?」
「偶然にも伯爵邸の騒動を起こしたのが、その……」
「え……?ぷふっ、あははははっ!それは面白そうな子ですね。会うのがとても楽しみだわ」
「それが、彼女は今『拳聖』と『魔操』の家にいるらしく」
「あら、そうなのですか?丁度お礼もしたかった事ですし、それならば今日にでも伺いましょう」
「きょ、今日ですかっ!?」
「善は急げと言いますでしょ?」
まだ窓の外は薄暗いというのに、ニコリと笑った少女は、いそいそと支度を始めるのだった。
この物語はファンタジーです。
実在する回復薬とは一切関係ありません。




