077 相性
目で追えない速さで、伯爵が私との距離を詰めて来た。
私はクリティカルポイントで感知できるから、特に驚かないけど。
「ふはははっ!私の拳を食らうがいい!」
伯爵は左右の拳を連続で繰り出してくるけど、私は最小限の動きで受け流す事が出来る。
動きが直線的だから読みやすいし、力の入れ方がなってないので、キレが悪く鋭さが足りない。
今までは、力まかせでも当たる相手だったんだろうね。
でも、同程度以上の速さで動ける人には当たらないと思うよ。
そもそも、キャサリン姉に手解きを受けてる私にとっては、ただのスローモーションだから。
攻撃のパターンが単調過ぎて予測しやすいし、急所を狙うでもなく適当に振り回してるから、ちょっと軌道をずらしてやるだけで全くダメージを受ける事なく逸らせる。
「な、何故当たらないっ!?」
そりゃ私が逸らしてるんだから、当たる訳ないでしょ。
余裕ぶって語る敵は弱いという典型的なパターンだったみたいだね。
じゃ、さっさと片付けちゃいましょーか。
私は、伯爵が右の拳を突き出したのを逸らすと同時に、毒針で毒を打ち込む。
「むっ?これは毒か?」
毒を打ち込んだ辺りが少し腫れただけで、数秒で治ってしまった。
「私の話を聞いていなかったのかな?自己回復スキルで直ぐに解毒してしまうし、同時に、体が成長して耐性もつくのだよ。そんな攻撃しか出来ないとは、君と私のスキルは相性が悪すぎたようだね」
超回復があるって言ってたから、やっぱり耐性がつくのか。
「さぁ、いつまでも避けきれるものでもあるまい。私は回復し続けるから体力が尽きる事はないぞ」
再び伯爵の攻撃が連続で飛び交う。
私はもう一度攻撃を逸らして、伯爵の腕に毒針を刺した。
「僅かにチクりとする程度の攻撃で、私を倒せる訳がないだろう?いいかげんに……ぐっ……な、何だっ!?」
余裕を見せていた伯爵が急に苦しみ始める。
「ぐああああっ!?なっ、何をしたっ!?何故、私の回復スキルで回復できないっ!?」
いやいや、回復しているからこそ大変な事になってるんだよね。
『主殿……いったい何をしたんですか?』
『アナフィラキシーショックだよ』
獣人の子を抱えて逃げる準備をしていた吹雪が驚いていたので、説明してあげた。
蜂などに刺されて抗体が出来た体を、もう一度同じ蜂が刺す事で過剰な抗体反応が起きて、ショック状態になる場合がある。
必ず発生する訳じゃないけど、そこは私の毒針で100%抗体反応が出るファンタジー蜂毒を生成すれば、超回復スキルによって容易にショック症状を引き起こす事が出来るのだ。
私のスキルとの相性は、そちらにとって最悪だったみたいだね。
伯爵はバタバタと手足を動かしてもがき苦しんでいる。
さて逃げようかと思ったところで、私のクリティカルポイントの感知範囲に、強力な流路を持つ者が入って来た。
何者だろう……こっちに向かって来てる?
まだこの屋敷に到達するまでは時間があると思うけど、なんか急いだ方が良さそうだね。
一人は九曜達と同じぐらいの強さだから、例え敵だったとしても何とかなりそうだけど、もう一人がかなりヤバい。
キャサリン姉級の化物流路だから、闘ったらこの辺一体が大惨事になると思う。
『九曜、叢雲、逃げるよ!急いでっ!!』
『分かった!』
『承知っ!』
『吹雪、獣人の子は?』
『大丈夫です。私が背負います』
『うん、じゃあ行くよっ!』
九曜と叢雲が下の階から穴を通って飛び上がって来たので、そのまますぐ真上の私が空けた屋根の穴から外に出た。
屋根の上から見ると、伯爵の庭の辺りにも兵が沢山いて、かなりの騒ぎになっていた。
『みんな、屋根伝いに飛べる?』
『妖力を足に集中すればなんとか』
私達は闇に紛れて、屋根伝いに駆け抜ける。
地上から追ってくる者もいたが、そちらは何とか撒いたようだ。
しかし、急激にスピードを増した一つのクリティカルポイントの塊が、私達の進行方向を遮るように前方へと躍り出た。
白い仮面を被り、雄々しい鬣のような 茶髪を靡かせて、屋根の上で仁王立ちする女性。
背景に月でもあったなら、かなり絵になる構図だろうなと、そんな場合ではないのに思ってしまった。
虚を突かれ、全員がその場で立ち止まってしまう。
「ふふふ、賊を4人も捕まえたら給金も増えるな!新しくオープンした肉の店に行けそうじゃ」
新しく肉の店がオープンするだとっ!?私も行ってみたい!!って、それどころじゃないっ!!
忍装束(毒)の効果時間も残り僅かだ。
隠密の術を掛ける暇が無かった為に、追いつかれてしまった。
今からでは、そんな隙も得られないだろうし……。
逡巡してる間に、もう一人の人物も追いついてしまった。
同じように白い仮面を被っている女性で、こちらはピンク色の短髪だ。
「目的の場所通り過ぎてますよっ!……って、何ですかこの黒ずくめの人達は!?」
「目的の場所から出て来た賊じゃ」
私達を賊呼ばわりとは、そちらは正義の使者ですか?
今も昔も、黒い方が悪者ですもんねぇ。
『おい、主殿。こいつら相当強えぞ』
『うん。私がなんとか引きつけるから、貴方達は逃げて』
『んな事出来る訳ねーだろっ!』
九曜が刀を構えて私の前に出ると、叢雲も小太刀を構えて臨戦態勢をとる。
ふと、鬣の白仮面が吹雪の方を見て、目を細めたような気がした。
「その背負っているのは獣人の子か……?」
突然変わった雰囲気に、ゾクリと背筋が冷たくなったような気がした。
「その子をどうする気だ!?」
鬣白仮面の気が一気に膨れ上がった。
これは私の全力をぶつけても止められそうにない。
どうすればいい!?
「ちょっと、師匠様っ!こんなところで戦闘始めないでくださいっ!!」
「止めるなルールー!こやつら獣人の子供を攫おうとしとるんじゃぞっ!!」
「こらぁ!名前バラさないでっ!!」
ルールー!?……ってことは、もしかしてこっちの鬣白仮面は、師匠っ!?
この物語はファンタジーです。
実在する蜂毒とは一切関係ありません。
 




