074 妖力
こんなに怒りを覚えたのは何時以来だろう?
また体の中で何かがドクンドクンと脈打つ。
それは心拍とは別の何か。
本当に私のものなのかと思う程、制御できない憤怒の感情が溢れている。
それは次第に体の変化としても顕れ始めた。
「うがあああああぁっ!!」
「主殿っ!?」
毒を使っていないのに獣化が始まった。
今になって、師匠がどうやって獣化していたのか理解した。
きっかけは怒りの感情だったのか……。
更に変化は進む。
巨大化まで始まった——拙いっ!!
針が持てるうちに、自分に沈静化の毒を打ち込んだ。
なんとか間に合い、巨大化は途中で止まる。
「あ、主殿がでけえ猿に……?」
「なんと面妖な。いったい何が?」
「おそらく獣人族の一部が使える獣化でしょう。主殿には尻尾が生えていたので、恐らく獣人の血が流れているかと」
九曜達が混乱してるから早く元に戻らないとなんだけど、途中で止まったまま獣化は収まらない。
私の怒りが収まっていないから?
いや、この怒りは私だけのものじゃない。
ふと——腕輪が小刻みに震えている事に気付いた。
「ああ、お前も怒ってるんだね。大丈夫、必ず私が助けるから」
そっと獣王の腕輪を撫でると、震えは収まり、徐々に私の獣化が解けていった。
「あ、主殿……今のはいったい?」
「獣人の子供が囚われていると聞いて、頭に血が上っちゃっただけだよ」
「大事無いか?」
「大丈夫。……でも、その獣人の子供の救出には、私もついてくから」
「それはダメだっ!!主殿を危険な場所に連れて行ったなんて知られたら、姉君達にぶっ殺されちまうっ!」
「儂も九曜の意見に賛成じゃ」
九曜と叢雲が拒否するが、私の決意は揺らがない。
獣王代理として、絶対に獣人の子供を保護しないとなんだよ。
「主殿、私達は隠密行動できる妖術が使えるので、子供一人であれば連れ出せると算段をつけました。しかし、主殿はその術が使えないと思います。なので、私も連れて行くのは反対です」
吹雪が気になる事を言った。
隠密行動ができる妖術って、そんな便利なものがあるの?
私の毒でコピーすれば行けるんじゃない?
「ちょっと、その隠密行動ができる妖術ってのを使ってみてくれない?」
「は、はい。いいですけど……」
吹雪が両手で何度か印を切ると、魔法陣とは違った文字のような光が現れ、それが吹雪の体に吸い込まれるように消える。
すると、私の目の前にいる吹雪の姿と気配が、目や耳で認識出来なくなった。
すごい……。
気や魔力の流路さえも隠蔽されてるから、よほど高性能な探知系スキルでも持ってないと、たぶん感知できないんじゃないだろうか。
ただし、私のクリティカルポイントには反応があるので、万能とは言いがたいけど、そんな見切り方ができるのはたぶん私とキャサリン姉ぐらいだと思う。
私は針から魔素(毒)を生成して、同じ印を再現してみる。
しかし、完璧に形を真似したはずなのに、何も起こる事無く霧散してしまった。
妖術って言ってたから、魔力とは違う力で構成されてるのかな?
「今のは魔力でやったのでしょうか?印の形は完璧すぎるぐらいそのものでしたけど、妖術には妖力を使います。魔力では再現できないと思いますよ?」
妖力か……。
さっき見た吹雪の妖力を針で再現してみようとしたけど、イメージ力が足りないのか出来なかった。
何でも生成できる筈の毒針でも、私が認知できていないものは再現できないのかな……?
ファンタジー毒は生成できるのに、何故だ?
何か世界の強制力みたいな力で抑制されちゃうのか?
「主殿、獣人の子供は私達が必ず保護しますので、どうかこの館でお待ちください」
いや、絶対に行く!
獣王の腕輪との約束だもの。
でも妖力が使えないとダメなのか……。
耳飾りじゃ魔力制御はできても、妖力は使えないもんね。
ん?耳飾り……闇の王……?
あ、そっか。それならいけるかも!
私は九曜達3人をじっと見比べる。
「うん、やっぱ吹雪かな。吹雪、ちょっと血をくれない?」
「え?血、ですか……?」
「そう、血」
困惑どころか、ちょっと引き気味だけど、私は無理矢理吹雪の腕を掴んだ。
そして、ちょっとだけ針を刺して血が出たところを舐める。
やばい、めっちゃ美味しい……ヴァンパイアの血が騒ぐのか、もっと飲みたくなっちゃう。
でも今はそれどころじゃない。
吹雪の腕の針で刺したところは、回復薬(毒)を生成して治しておく。
そして、今度は吹雪の血で赤くそまった私の舌に針を刺した。
生成するのは、ファンタジー毒『血から得る吹雪の遺伝子情報を元に私の体の遺伝子を組み換える毒』っ!!
「うあああああああああっ!!」
「あ、主殿っ!?」
「な、何をしたんじゃっ!?」
「分からないっ!主殿が私の血を少し舐めて、針を自分の口に刺したのっ!」
以前ミミィに噛まれた時に、ヴァンパイアの眷属にならないように自分の遺伝子を組み換えた毒。
あの時は咄嗟だったし、二度とやりたくないと思ってたけど、獣王としての意識がそうさせたのか、今回はどうしてもやらなきゃと思ってしまった。
体中が燃えるように熱い。
しかしそれも数秒の事。
次第に落ち着いて、体の中に今まで感じなかった力が巡っていた。
それと共に、九曜と叢雲と吹雪の体に流れる妖力の流路も見えるようになる。
「よし、出来た……」
「主殿の行動はさっぱり意味が分からないんだが……?」
「いや、九曜よ。主殿の力を探ってみよ……」
「ん?力って……はぁっ!?嘘だろ?」
「えぇっ?主殿の体から妖力が……」
私はさっき吹雪がやったように印を切ってみる。
……でも残念ながら、妖力の使い方がいまいち分からなくて不発。
まぁ、いきなりは使えないか。
次に、針から妖力(毒)を生成して印を形成してみる。
体内を流れる力の感じを針先に集めると、今度こそ、まぎれもなく本物の印を再現した光が宙に現れた。
それが私の体に吸い込まれると、私の気配は空気に溶けるように消え、それを見た九曜達が驚きに目を見張る。
「き、消えた……」
「信じられん……」
「か、完璧な妖術です……」
ふふふ、新たに妖術まで使えるようになっちゃったぜ。
私はいったいどこに向かっているんだ?
まぁ、いいや。
「これで私もついて行けるね。消えてれば、危なくないし」
「お、おう……」
「いいんじゃろうか……?」
「絶対、姉君達に怒られますよ、これ……」
この物語はファンタジーです。
実在する沈静化の毒及び魔素及び回復薬及び妖力とは一切関係ありません。
 




