067 帝国の勇者の想い
ゲシュタイン帝国の中央に位置する帝都ゲシュティム。
その帝都の北端に鎮座する白亜の城は、日の光を浴びて今日も美麗な姿を民に魅せていた。
その城の中の一室、豪華に飾り付けられたVIPルームで、帝国の勇者江藤健は旅支度を調えていた。
本来国賓に近い待遇の筈の勇者だが、本人が執事やメイドに身の回りの世話をしてもらうのを嫌がるので、室内には彼以外に誰もいない。
まだ国の役に立てていないのにそのような扱いは受けられないと、生真面目というよりも頑固な一面を見せて固辞したためだ。
これには、周りは大いに困惑した。
そのせいで軽んじる者も出たが、同時に慕う者も多くなり、扱いが難しくもなっていた。
そんな彼は旅支度を粗方終えると、ふと窓の外、これから自分が向かう王国の方へ視線を向ける。
暫し呆けた顔で、僅かに頬を染めて黄昏れる姿は、正に思春期の恋する少年のものだった。
そこへ唐突に扉を叩く音が聞こえる。
「タケル様、入っても宜しいですかな?」
声の主はこの国の騎士団長。
勇者タケルが最も信頼を置く人物である。
「どうぞ」
返事を返すと、重厚な鎧に身を包んだ壮年の男性が入ってくる。
「準備は出来ていますか?」
「はい。一応全部纏めました」
身一つで召喚された彼の荷物は少ない。
着替えと剣や鎧等の装備ぐらいだ。
途中必要となるであろう食料等は別の者が手配しているので、この部屋にある荷物は彼一人で持てる程度である。
だが騎士団長は荷物が少ない事よりも、彼を王国へ向かわせる事になってしまったのを悔しいと感じていた。
「申し訳ありません。私の力不足でタケル様を王国へ向かわせる事になってしまい」
「騎士団長のせいだなんて思ってないですよ。不甲斐ない僕が責任を取るのは当然です」
「ですが……」
「大丈夫です。それに、実は楽しみでもあるんです」
「楽しみ……ですか?」
「ええ。前の世界で途中になってしまった学園に通えるのもそうですが、ひょっとしたら、彼女に会えるんじゃないかなって」
彼女という言葉に、騎士団長は少々呆れてしまった。
「それは幻だったんじゃないですか?」
「朧気だったけど、確かに彼女はいました。傷も治してもらったし」
「確かに不思議な事に傷は癒えていましたが、あれ程の傷を短時間で治すなど教皇国の聖女でもない限り不可能でしょう」
「それが偶然にも、王国の学園には今年から聖女も通う事になるらしいんです」
「はぁ……」
楽しそうに語らうタケルとは対称的に、不安が増す騎士団長。
帝国と教皇国は敵対関係にある訳ではないが、聖女が出てくれば話は変わる。
聖女は世界を回って治癒の力で信者を集めるが、それは国としてはあまり推奨できる行為ではない。
他国への忠誠を持つものが国内に増えれば、当然の如く内乱の心配がつきまとう。
そんな聖女が、国の中でも重要視される勇者に近づくのはあまり望ましくない事なのだ。
それ以前に、この純真な少年が別の意味で誑かされないか心配でもある。
「朦朧とした意識の中で尻尾みたいなものが見えた気がしたけど、獣人は魔法が得意じゃないと聞くし、あれはきっとたまたま通りがかった聖女だったのではないかと思うんです。だから、次に会った時には必ずお礼をしたいと思っています」
頬を赤らめて語る少年に、その想いを砕くような言葉はとてもかけれない。
国防を担うため、同行する事が出来ない騎士団長は、部下にくれぐれも用心するように言い聞かせる事しか出来なかった。
そもそも何故勇者であるタケルが王国へ向かう事になったのか。
それは帝国の重鎮達の思惑によるものだ。
闇王国での失態の責任を追及し、王国の学園へ通うという名目で内情を探らせるという話になった。
そんなものは帝国の密偵の中から年若い者を選べば済む事だが、重鎮達の中には勇者に悪感情を持つ者もいる。
留学した先の王国内で勇者を暗殺し、王国へ責任を問えれば一石二鳥という訳だ。
それを防ぐためにも、騎士団長は随行する護衛にはかなり信頼できる部下を手配した。
純粋な力量で言えば問題無いと思えるのだが、純真な少年勇者には精神的未熟さが目立つので、それを支える者がどうしても必要だった。
出発当日も騎士団長は態々見送りに参上した。
「では、お気を付けて」
「はい!行って来ます!」
元気よく返事をする少年を心配する姿は、もはや父親のようであった。
騎士団長は随行する部下達にも声をかける。
「くれぐれも頼んだぞ」
「はっ!」
馬車はカポカポと楽しそうに蹄を鳴らし、王国への道程を歩き始めた。
その音を聞きながら期待に胸を膨らませて、勇者は王都を目指す。
行く先に待っている初恋相手は、魔王としての力を着々と高めている訳だが……。
ここまでで第二章『冒険者編』終了となります。
引き続き第三章『学園編』をお楽しみください。
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